翔、と声がした。振り返れば、お母ちゃんがおった。ボクの体はいつもより小さくなっていて、でもそれは気にならなかった。

「翔」

もう一度名前を呼ばれた。なんやお母ちゃん、と返すと、頭を撫でられた。そしてぎゅっと抱き締められた。抱き締められたままぱちぱちと瞬きすると、お母ちゃんは抱き締める手の力を強めて、言った。

「お誕生日、おめでとう」




ぴぴぴ、と無機質な音がする。目覚まし時計を叩いて起き上がると、冷えた空気が体を刺激した。寒がりながらも布団から出ない訳には行かなくて、ゆっくりと体を布団から引き剥がし、窓際へと向かう。
カーテンを開けると、光が差し込んできた。でも夏の日差しよりはだいぶ緩やかな、そんな光だ。そしてよくよく見ると、晴れてはいるが雪がちらちらと降っている。天気雨のようなものだろうか、とぼんやり思い、学校へ行く準備をし始めた。
何か夢を見たような気がしたが、もう既に思い出せなかった。

雪は降っているが、積もらない粉雪程度のものだ。こんな天候なら、自転車に乗って学校へ向かっても大丈夫だろう。そう思いながら玄関で靴を履き、小声で「行ってきます」と言う。すると廊下の奥でぱたぱたと足音がして、ユキちゃんと叔母さんがボクの背中に声をかけてきた。

「翔兄ちゃん、今日は早よ帰ってくるんやで?」
「ご馳走用意しとるから、夕飯に間に合うようにね」

にこにこと笑いながら言う二人に、ボクは「わかった」と返す。なんで今日はご馳走なんやろ、と思ったけれど、何となく聞くのは憚られた。
適当に相槌を打ちながら家を出ると、少しだけ降っている雪が増えた気がした。だが増えた気がしたというだけなので、自転車で行くという方向性は変えることはしない。雪の道でもすいすいとペダルを回していると、見知った後ろ姿が見えた。名前を呼んだり肩を叩いたりせずにその見知った後ろ姿を素通りすると、ソイツは「あ、御堂筋くん」と呟く。そして自転車を見るや否や、通学用の重いリュックを背負っている癖に素早くボクを追ってきた。

「み、御堂筋くん!雪降っとるし危ないから歩いて行こうよ」

部活のマネージャーであるコイツは、悪天候の中自転車や自動車に乗ることに対して恐怖心を持っている。それは知っているけれど、素直に言うことを聞いてやる義理もない。「嫌や」と返すと膨れっ面をしてきたので、アホやなぁとぼんやり思う。
ため息をつきかけると、それを遮るかのようにマネージャーは「あ、そういえば」と口にした。思い出した、という口ぶりだ。

「御堂筋くん、今日の部活はパーティやで!」
「……は?」

急に何を言いだすかと思えば、だ。ふざけているのかとも思ったが、表情を見た感じどうやらそうではないらしい。先ほど遮られていたため息をついてみせた。

「はぁ?なんでパーティなんかせなあかんのや」
「……あれ、御堂筋くんのパーティなんよ?忘れとる?」
「なんやボクのパーティて」

ボクのパーティって、なんやの。そう思って顔を顰めるとマネージャーは「変な顔せんの」と笑った。

「だって今日、御堂筋くんの誕生日やん」

笑って、それからマネージャーはそう言った。
誕生日、という言葉を聞いた時、すぐに記憶の中から消え去っていた夢が脳内に蘇る。
夢の中で確かにボクは、お母ちゃんに「お誕生日、おめでとう」と言われた。覚えておきたい夢を忘れてたんやな、と少しだけ切なくなって、思い出せたことを少しだけ嬉しく思った。
そして、叔母さんとユキちゃんが「今日はご馳走やで」と言っていた事にも合点がいった。ボクの誕生日を祝うから、今夜はご馳走なのだ。
そこかしこで祝われることが気恥ずかしくて、でも嫌なわけではない。友情も感情も余計だから手放しに喜んだりしないが、自分の心の中でくらい「嬉しい」と言っても良いだろう。夢の中でだけれど、一番祝ってほしい人にも祝ってもらえたのだから。

「そういえば、そうやったな」
「やっぱ忘れてたんや」

マネージャーは呆れたように言う。そしてボクの目を見て、不器用に笑顔を浮かべてみせた。

「御堂筋くん、誕生日、おめでとう」

夢の中でのお母ちゃんと少しだけ似ていたのは、恐らく今日だけの見間違いだと思いたい。

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