「おい」

自主練習として夜道を自転車で走っていると、前方にゆらゆらと危なっかしい動きをしている自転車乗りを見つけた。乗っているのは女子のようで、そして箱根学園の制服を着ている。その後ろ姿に見覚えがあり声をかけると、のろのろと自転車を走らせたまま女子はこちらを向いた。
夜であまり交通量が少ない道とはいえ、前方不注意は事故の元である。それを注意すると、「声かけてきたのは福富くんじゃん」と力ない声で彼女は呟いた。そして自転車で走るのをやめ、道の脇で立ち止まる。俺も道の脇で立ち止まり、彼女の顔を正面から見る。見覚えがあると思った女子の後ろ姿は、同じクラスメイトのものだった。

「こんな遅くまで、どうしたんだ」
「陸上部のマネージャーのお仕事だよ。インハイ近いし」
「大変だな」
「福富くんもね」

恐らく社交辞令で、彼女は俺を労ってみせた。
しかし俺が彼女を労ったのは社交辞令ではない。いつもの明るくて爽やかな彼女の表情は、夜道だからということも相まって、なかなかに暗いものだった。インターハイ直前の部活は大変忙しい。そして体力も無さそうな彼女は、部活で酷使されている状況に疲れてしまっているのだろう。辛気臭い顔と辛気臭い空気はこちらにまで移ってしまいそうなほど強烈なものだった。

「大丈夫か」
「大丈夫に見える?」
「あまり見えないな」

はは、と笑いながら彼女は言ったが、それが空元気であるのは鈍いと言われる俺でもよく分かった。なんとなくそれを見ていられなくて、俺は自転車を下りる。それを見て目をぱちくりとしている彼女に向かって「ここから家まではどのくらいだ」と聞くと、やはり目をぱちくりとさせたまま「歩いて10分くらい……かな」と話した。

「そうか。それくらいなら送っていく」
「そんな、悪いよ。福富くん自主練中でしょ?」
「10分歩いたくらいで無意味になるような練習はしていない」
「……そっか」

ありがとう、と彼女は細い声を出す。
俺が自転車を押しながら歩き始めると、彼女も同じように後ろに付いて押し歩きをした。
夜空を見上げると、初夏に見える星座がきらきらと輝いている。
晩夏の星座が見える頃には、彼女の表情ももっと明るいものになっていたら良い。視線を上に向けながら、ふとそう思った。

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