きっかけは、巻ちゃんからの電話だった。

俺と巻ちゃんはよく電話をするが、大抵は俺がかけて、巻ちゃんが仕方なく俺の相手をする、という感じだった。けれど一昨日は珍しく巻ちゃんから電話がかかってきたのだ。
普段なら「巻ちゃんから電話がかかってくるなんて!」と気分が高揚するところなのだが、なまえちゃんと別れてからはなんとなく巻ちゃんと話すのが後ろめたくなり、いつも自分からしている電話でさえ上手く話すことが出来ないでいた。
鳴り響く着信音を聞きながらしばらく手の中にある携帯を眺めていたが、さすがに待たせすぎると怒らせてしまうなと思い、仕方なく通話ボタンを押す。

「もしもし、巻ちゃんか。巻ちゃんから電話がくるなんて珍しいな!」

いつもいつも、後ろめたい気持ちを隠しながらトークの切れる東堂尽八を演じる。けれど巻ちゃんは俺が無理をしているのをいつもいつも気付いているらしく、『無理すんじゃねーっショ』と毎回笑う。人の心情に鈍感そうに見えて、実はかなり鋭い。
電話口の向こうの巻ちゃんは、いつも俺となまえちゃんの仲の事を心配してくれていた。

『今日はちょっと、お前にお願いがあってな』

そう言った巻ちゃんの声からは、いつもと変わらず俺達を心配する様子が感じられた。「巻ちゃんのお願いなら何でも聞くぞ!」と堂々と言っておきながら、巻ちゃんの言う「お願い」とは、なまえちゃん関連の事なのだろうと予想出来た。そして実際に「お願い」の内容を聞いてみると、予想した通りなまえちゃん関連の事だった。

『一回、みょうじとちゃんと話せよ』

いつも心配してくれている巻ちゃんには、いつか言われることだろうと思っていた。ああそうだな、と口では返事してみたが、正直巻ちゃんと話すのも後ろめたいくらいなのになまえちゃんと話し合うなんて今の俺の精神状態では無理である。友達に戻ろうとなまえちゃんに言われた時に笑顔で耐えた俺の精神力は何処へ行ってしまったのだろうと、最近頻繁に考えていた。

「そうだな、都合の良い日に連絡取って話さなくてはな」

取り繕うかのように言って乾いた笑いを浮かべる。それが気に入らなかったのか何なのか、電話口の向こうの巻ちゃんは『あー、もう!そうじゃないっショ!!』と声を荒げた。巻ちゃんが俺に向かって声を荒げるのは珍しいことではなかったが、いつもと雰囲気が違うようだった。少しの間ぽかんとしていると、巻ちゃんが子どもに機械の動かし方を教えるようにゆっくりと、でも少し苛立ちを含んだ声音で俺に語りかけた。

『あのな?こっちも心配してやってんのは理由があんだよ。冷め切った関係になってんならこんなお節介はやらねーっショ。でもよ、東堂もみょうじもお互いまだ未練たらたらじゃねーか!!』

ゆっくりした口調だった筈なのに、最後の方は早口になっていた。そして苛立ちが明らかに怒気になっていた。どうどう、と巻ちゃんの怒りをおさめようとしたらまた怒られた。

『東堂よぉ、そうだなって言ってるけど、話し合う気あんのか?あと電話やメールじゃなくて直接会って話せよ、じゃないと意味無いっショ』
「でも巻ちゃん、今の俺の精神状態的には結構無理難題だぞ……」
『そんな事言ってる場合か?』
「うー……」

こういう時の巻ちゃんは、なかなか引き下がらない。普段俺と話している時はどちらかというとブレーキ的な役割を担っているのに、山を登る時とこういう時だけアクセル全開になる。それが巻ちゃんの良いところなのか悪いところなのかは、俺には分からない。
もやもやと頭を働かせていると、とにかく、と巻ちゃんが言った。

『とにかく、会って話せ。確か明後日の休日は箱学も部活ねーだろ。うちも無いから、明後日会って話せ』
「あ、明後日!?急すぎやしないかね巻ちゃん!!あと何でうちの部活が休みだと知っている!?」
『前自分で言ってたっショ』

はああ、と大きなため息が電話口の向こうから聞こえる。ため息をつきたいのは俺の方なのだが。

「でも急に会ってくれと言っても、なまえちゃんは取り合ってくれるかわからんぞ」

ダメ押しの一言。これに巻ちゃんが納得してくれたら、後ろめたい気持ちマックスの状態でなまえちゃんに会わなくて済むかもしれない。そんな思いを込めて言ってみたのだが、巻ちゃんは事もなげにそれについての返答をする。

『俺に会いに来るついでにみょうじにも会いたい、って言えばいいじゃねーか。不信感持たれたらデートじゃないって強調しとけ。みょうじは結構暇人だし予定は入ってないだろうから大丈夫っショ』
「巻ちゃん策士だな……」

ペラペラと出てくる言葉に、俺はもう反論する力も出てこなかった。また乾いた笑いを浮かべると、『覚悟決めろよ』と、やっと巻ちゃんも笑った。

そしてその10分後、俺はなまえちゃんに電話をする事になる。
会う約束を取り付けた時にはよく分からない緊張と後ろめたい気持ちでいっぱいだった筈なのだが、心の何処かでなまえちゃんに会えるという事にほっとしている自分がいた。



それから二日経ち、俺は千葉にやってきた。
なまえちゃんとの約束は午後からだから、午前中は緊張を和らげるために巻ちゃんと軽く山を登った。
「まぁ、頑張れよ」と言った巻ちゃんは電話をしている時ほどの甲斐性は無かったが、恐らく実際に会ってまで甲斐甲斐しくするのは気恥ずかしいからなのだろうと悟った。

待ち合わせ場所に早めにつくと、なまえちゃんはまだ来ていなかった。その方が心を落ち着ける時間があるので丁度いいと思ったが、高まった胸の鼓動はなかなか普段のペースを取り戻してくれない。無駄に深呼吸をしてみたが、やはり収まらない。

(もし別れていなかったら、初デートをこんな気持ちで迎えていたのだろうか)

そんな、今となっては確かめようがない事を考える。相当未練があるのだなと自嘲すると、遠くからこちらに走ってくるなまえちゃんが見えた。

「東堂、くんっ」

走っているから、切れ切れになる声。
それを聞きながら、俺は手汗で濡れた手を上げて挨拶をした。

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