一月は居ぬ。二月は逃げる。三月は去る。
そう表現される通り、これらの月日はびっくりするほど早く過ぎていき、気付けば三月の最終週になっていた。
先輩方との別れを惜しみながら、春に新しく入ってくるであろう新入生に心を躍らせる。そんな時期だ。今年の一年生にはマネージャー希望の子、いるかな。いたら、もっと仕事が楽になるなぁ。
そんな事を考えながら洗濯の終わったタオルを片付けていると、外周から帰ってきたらしい部員の姿がちらほらと見え始めた。金城くん、田所くん、あと遠くからでも異様に見つけやすい巻島くん。それから、いつでも一緒な手嶋くんと青八木くん。古賀くんには、今は自転車整備の方の仕事をしてもらっている。
一番近くにいる巻島くんに「お疲れ」と言うと、「おー」と返ってきた。
運動部というのは、なんだかきらきらして見える、と私は思う。もちろん血反吐を吐くほどの練習量ではあるのだけど、それも含めてきらきらしていて、青春だな、と感じるのだ。
それを恥ずかしげもなく巻島くんに言うと、彼はいつものようにクハッと笑う。

「青春か」
「うん、なんか良いよねこういうの。高校生の青春って感じ?」
「その青春ってヤツの中には、恋愛は含まれねーのか?」

いきなりの、話題の方向転換。
え、とだけ声が出る。
巻島くんの顔をまじまじと見ると、巻島くんは額に手を当てて「あー……」とよく分からない声を絞り出した。

「その反応見る限り、あれから全然連絡取ってないっショ」
「うん、取ってないよ」
「お前らホント馬鹿っショ」
「失礼だね」

別れた事を知って以来、巻島くんはちょくちょく東堂くんとの事を話題に出すようになった。
復縁でもさせたいのだろうか、彼の狙いはよく分からない。
それに、東堂くんの事について聞かれる度に少しだけ胸が高鳴ってしまうので、私はまだ東堂くんの事が忘れられていないんだと思い知ってしまう。だから、こういう話題は少し苦手だった。

「もうその話は良いじゃん。終わったことだし、ね」
「終わってねーっショ。まだお前、未練たらたらじゃねえか」
「そんな、」

そんなこと、ないよ。そう言いかけて、口を噤む。そして、約一ヶ月前の自分を思い出した。
別れて一週間、二週間の引きずりようは凄かったと自分でも思う。とにかく覇気というやつが無くて、視線はすぐに下を向くし、何をするにつけても上の空だった。
けれどもう一ヶ月以上経ち、少しずつそれらが改善されてきたのだ。周りにも心配されることは少なくなり、もう大丈夫だと思い始めた頃だった。
それなのに巻島くんは、私がまだ未練たらたらの人間だと突きつけてくる。

「そんなこと、ないよ」

一度言いかけてやめた言葉を、少し遅れて声に出す。
そんな私を見て巻島くんは何か言いたげだったが、結局、何も言わなかった。



その日の夜、珍しい音を鳴らしながら携帯が光った。
その音を聞いて、私はびくりと肩を震わせる。一ヶ月以上聞いていなかった、東堂くんの電話やメールを知らせる専用の音だった。好きな曲を着信音に設定していたので、前までは二つの意味でこの音が鳴るのを楽しみにしていた。
五秒ほどで音が止まる。この長さなら、電話ではなくメールだろう。
半分安心、半分落胆しながら私は携帯をチェックした。

『今、大丈夫か?』

メールはそんな内容で、クエスチョンマークの横には控えめにペンギンの絵文字が添えられてある。以前東堂くんと頻繁にメールしていた時と同じようなメールだ。懐かしいな、と口角が上がるのを感じる。
私は机の上に広げていたワークを閉じて、『大丈夫だよ』と、履歴の一番上に出てきた顔文字を添えて送った。
すると送ってから数十秒後、今度はメール受信時よりも長い音が携帯から発された。
恐らくメールの応酬が始まるんだろう、懐かしいなと楽に構えていた私は、一気に緊張した。
メールだとしてもそうだけれど、話すのは別れた時以来だ。昼に巻島くんに指摘された通り、改善されてきたとはいえ私はまだ未練がある状態らしい。そんな状態で、まともに会話なんて出来るだろうか。メールならまだ誤魔化せる気がしていたのに。
もやもやと考えている間に、着信音は流れていく。
付き合っている時は、こんなに電話を取るのに躊躇ったことはなかった。いつも聞かない曲の部分が流れる。
いつもなら、このメロディに達するまでに、取っているのに。
そんな焦りが後押しするかのように、私は半ば無意識に通話ボタンを押した。

「も、もしもし」

第一声から、どもってしまう。
焦りと、久しぶりに話をする緊張感は半端ではなかった。
そんな私を気にしているのかいないのか、東堂くんは声を出した。

『やぁ、今日は出るのが遅かったな!』

巻島くんの代わりに初めて電話に出た時と同じ台詞を言ったことに、東堂くん自身は気づいているだろうか。
しばらくぶりに聞く声は、以前と全く変わっていなかった。

「ご、ごめんね。ちょっとばたばたしてて」
『そうか!そんな時に電話をしてすまなかったな』
「いやいや、大丈夫、です」

どもったり、何故か敬語になったり。
さすがに東堂くんも、私が緊張していることには気付いたと思う。けれど彼はそれには触れなかった。きっと、東堂くんなりに気を遣ってくれているのだろう。
五分くらい軽く世間話や最近の様子などを話す。
最初は上手く話せなかった私も、徐々に緊張が取れてきたらしく、どもらずに話せるようになった。さすが山も登れてトークも切れる東堂尽八だ、と思うほどの心の余裕は出てきていた。
そんな時、そういえば、と東堂くんは電話口の向こうで言った。

『明後日、巻ちゃんに会いに千葉へ行くんだ』
「へぇ、そうなんだ」
『あぁ。それで……巻ちゃんへの用事は午前中に終わるのだよ』
「うん」
『……明後日の午後、暇かね?』
「え」

そうか、巻島くんに会いに来るのかとふんふん頷いていると、急にみぞおち辺りを殴られたかのような衝撃に襲われた。
一瞬からかわれているのかとも思ったが、からかうような内容ではないし、第一東堂くんの声は至極真面目だった。

『なまえちゃんに、会いたいと思っているのだが』

追い打ちをかけるように、東堂くんが言う。
心臓がどくどくと波打つのを感じる反面、東堂くんも巻島くんに何か言われたのかな、一緒だな、と笑う。
東堂くんに会いたい気持ちは、私だってもちろんある。
けれど私達は別れているのだ。そんなデートみたいな、恋人がやるような事をしても良いのだろうか。
悶々と悩んでいると、それが東堂くんにも伝わったのだろう。彼は小さく笑いながら、『友達として、なまえちゃんに会いたいのだよ』と言った。
そこで、ふと思い出す。
私は別れを告げる時、確か「友達に戻ろう」と言ったのだった。
今の私と東堂くんとの関係は、友達である。それなら、友達として会う分には問題は無いはず。
心の中でそう言い訳しながら、私は返事した。

「うん、分かった。会おう」

東堂くんがこう言ったのは、本当に私を友達として見ているからだろうか。それとも、こう言えば私が承諾すると思ったからだろうか。
電話を終えてからも、そればかりは分からなかった。

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