俺となまえちゃんは、意外にもあっさりと付き合う事になった。本当に、本当にあっさりと。なまえちゃんにオーケーを貰えた日は本当に嬉しくて仕方なくて夜も眠れず、抱擁した時の感触を思い出して気持ちが高ぶって布団の中で過呼吸になったりもした。これ以上無いくらい、今死んでも全く悔いが無いと言っても言い過ぎではないくらい、幸せだった。

幸せだった。けれど、問題というか障害があった。
俺は箱根の寮で生活しており、なまえちゃんは千葉で暮らしている。当然だが、頻繁に会う事など出来ない。それどころか、お互い部活が忙しいので休日すら一度も会えなかった。
会わないからといって途切れる仲ではないと思っていたが、さすがに不安にはなる。声も聞きたくなる。会えない時間は、電話で補うようにしていた。どんなに疲れていても、どんなに眠くても、毎晩電話をした。その時間が唯一、なまえちゃんと繋がれる時間だった。
年越しをして一ヶ月と少し経った頃、なまえちゃんは電話口で申し訳なさそうな声を出した。

『バレンタインデー、もうすぐだけど……ごめんね、渡せなくて』
「いやいや、かまわんよ!なまえちゃんにわざわざ箱根まで持ってきてもらう訳にもいかんし、俺も部活を抜けられそうになくて取りに行く事が出来ないしな」

正直、バレンタインデーに彼女からチョコを貰えないと知った時は落胆した。けれど、なまえちゃんに箱根に来てもらう訳には行かない。千葉と箱根はかなりの距離があるのだ。最初は俺が取りにいこうと思っていたのだが、フクに「部活にはきちんと出ろ」と釘を刺されてしまったため、抜け出せなくなってしまった。俺は電話口で気にしていないように振る舞った。なまえちゃんに迷惑をかけてしまってはいけない。

『ほんと、ごめんね』

貰えない俺より、渡せないなまえちゃんの方が、泣きそうな声をしていた。



バレンタインデー当日、俺は食べきれないくらいのチョコをもらった。ファンクラブのメンバーやクラスの女子、知らない後輩などなど、バラエティに富んだ人々からもらった物だ。笑顔で貰い受けたが、本命から貰えなかった俺の気持ちは少し沈んでいた。
その日の夜、新開を寮の自分の部屋に呼んで一緒にチョコを食べていた。もらい過ぎたチョコを消費させるために呼んだのだが、新開も新開で顔が良いからか大食いキャラが定着しているからかもらった大量のチョコを部屋に持ってきた。少し呆れたが、新開なら恐らく食べ切れるだろう。
もさもさと甘ったるいチョコを口に詰め込む。美味しい。美味しいけれど、何となく、チョコを食べる事が地道な作業のように思えてきた。

「東堂、お前食べるの遅くないか?」
「お前が早いだけだろう……まぁ良い、俺の分も食べてくれ」
「なんだ、今日は太っ腹だな」

カラフルな包装紙に包まれたいくつかを、新開に押し付ける。嫌な顔一つせず食べ続ける新開に、最早尊敬の念を抱く。よくそんなに腹に入るな。
比較的食べやすそうな物から食べようと考え、小さい包みを探す。そうしていたら、突然携帯が鳴った。画面を見ると、なまえちゃんの名前が表示されていた。もういつも電話をしている時間だ。急いで通話ボタンを押し、もしもし、と電話に出る。

『こんばんは、東堂くん』
「あぁ、こんばんはなまえちゃん」

この声を聞いて、やっと気持ちが落ち着く。チョコを貰っても満たされる事のなかった気持ちが、電話一つで幸せになるのだから、俺は結構安い男だ。チョコをもぐもぐと食べ続けている新開をぼんやり眺めながら、俺はなまえちゃんとの電話を楽しんだ。
何十分か話して、そろそろ電話を切ろうかという時、いつの間にかほとんどのチョコを食べ切っていた新開が口を開いた。

「東堂さ、彼女いるのにファンクラブとかからめちゃくちゃな量のチョコ貰うとかやるなぁ」

美形だからな!と返事するとそれを華麗に無視して、じゃあ結構食ったから俺はこれで、と自分のもらった分のチョコのゴミを持って帰っていった。
何故無視する。

『……東堂くん、そんなにチョコもらったの?』

無視した新開に少し腹を立てていると、なまえちゃんの小さな声が聞こえる。どうやら、新開の言葉が聞こえていたようだった。そうだぞ、と答えると、なまえちゃんは悲しそうに笑った。

「でも俺にとってなまえちゃんのチョコ以外は無意味だぞ!ほとんど新開に食べてもらったしな!」
『はは、それは嬉しいな』

俺はこう言ったものの、なまえちゃんの声は電話を切るまで悲しそうなままだった。

その日の夜中、なまえちゃんからメールが来た。
「距離を置きたいです」とただ一言、書いてあった。



二月十五日。
俺は総北高校に来ていた。
昨日のなまえちゃんのメールを見て、電話やメールじゃなくて直接なまえちゃんと話さなければならないと思ったのだ。適当な理由を付けて学校を休み、ロードレーサーに乗って、千葉まではるばるやってきた。そして自転車競技部の部活が終わる時間を巻ちゃんにメールして聞き出し、門の前で待っていた。
他校の門の前で人を待つというのは、どうにも恥ずかしい。総北の生徒がこちらをちらちら見ながら誰?と話しているのを聞くたび、微妙な居心地の悪さを感じる。
早く来てくれなまえちゃん、と思うと同時に、昨日のメールを思い出し、やはり心の準備をする時間も欲しいからまだ来ないでくれ、とも思った。

15分くらい待った頃、あ、と聞き慣れた声が聞こえた。
振り返ると、告白した日以来会っていなかったなまえちゃんが、半端なく驚いた顔をして立ち尽くしているのが見える。

「東堂、くん」
「なまえちゃん」
「な、なんで」

なんでここに、と言いたかったんだろう。でも驚き過ぎて声が上手く出ていない。

「あのメールを見たら、なまえちゃんに会わなきゃいけないと思ってな」

距離を置きたい。
そう書いたメールを見た時、会いたくてたまらなくなって、でも怖くなった。電話口での悲しそうな声を思い出して、会わなければと思って、もっと怖くなった。
なまえちゃんは、ごめん、と呟く。

「あぁ、違う。謝らせたい訳じゃないんだ」
「いや、それも分かってる。分かってるんだけど……」

そう言って、口ごもる。
そうやって暫くなまえちゃんは黙っていた。
俺の心臓はどくどくと激しく脈打っていた。
それだけの時間が続いた。
なまえちゃんは口を開き、何か言いかけ、でも何も言わずにまた口を閉じる。それを何回も繰り返した。
それを十数回繰り返し、やっと、やっとなまえちゃんは、声を出した。

「あの、ね」
「ああ」
「……友達に、戻ろう」

告げられたのは、別れだった。
あまりに唐突すぎる別れだった。
なんで、とか俺の何が悪かったのか、とかまだ一度もデートをしていないのに、とかまだ手も繋いでないのに、とか、一気に沢山の思いが俺の頭を駆け巡る。
その時の俺は、脳が正常に動いていなかったんだと思う。
友達に戻りたくなんかなかった。
別れなくなんかなかった。
そう思ったはずだ。
そう思ったはずだった。

「……なまえちゃんがそれで良いなら、俺もそれでかまわんよ」

泣きそうな笑顔で、俺はそんな言葉を吐き出した。
こんなの、嘘だ。

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