※インターハイ3日目結果ネタバレ有
















表彰台に上る黄色いサイクルジャージを眺めながら、惜しみない拍手を送ったのはつい先ほどの話。今の俺は流れる汗をタオルで拭いながら、他の部員とは少し離れた場所にいた。望ましい結果を得られなかったから一人で黄昏ている、とかそういうことではなく、単に離れた自販機に飲み物を買いに行くためだった。右手に握っている小銭がじわじわと熱を帯びていく。
インターハイは終わった。
巻ちゃんとの戦いに決着をつけることが出来た。
王者の座を手放すことになったのはとても悔しく心苦しいが、それは悔やんでも仕方のない事だ。この雪辱は来年泉田や真波が果たしてくれるだろう。そんな、もう既に来年を見据えている自分に苦笑する。泉田や真波がチームを引いていくということは俺達三年はそこにいないということと同義なのに、来年の想像が容易に出来た。

(終わり、か)

夏の日差しに当てられて、頭がぼんやりと熱くなっていく。レース中も酷く暑かったが、ロードバイクを下りてからもそれが冷え切ることはない。それなのに、俺達の夏は終わりだ。それはとても不条理なように思えると同時に、すとんと腑に落ちた感じがした。
自販機の前に辿り着き手にしていた百五十円を入れると、カラカラと小銭が落ちる音がする。点滅しているボタンのうちどれを選ぼうか迷ったが、無難なスポーツドリンクにした。荒北がよく飲むベプシを試しに飲んでみようかという思いも浮かんだが、カロリーが気になるし運動した後の炭酸はきついし何よりキャラじゃないのでやめた。ベプシの発想があったのも、恐らく夏の暑さのせいだろう。
見慣れたラベルの巻いてあるペットボトルの蓋をくるくる回して、喉仏を上下させながらスポーツドリンクを飲む。冷えた液体が体内に入ってきたせいか、少し頭も冷えた気がした。
ふと頭を上げると、入道雲がある。
夏の風物詩の一つとも言えるであろうそれを見て、俺はふと思う。

(夏が終わって……これから、どうするんだ?)

夏が終わって、これから秋が来る。そして冬が来る。そうすると、春が来る。
インターハイが終わった今、俺が次にすべきことは何だろう。高校三年だし、進路を考えることだろうか。受験勉強をするのか、実家を手伝うのか、ロードバイクを続けて実業団にでも入るか。思いついた選択肢をぽんぽん挙げてみるが、どれもしっくりとこなかった。今までロードバイクに全てを注いできたので、そんな事を真剣に考える暇がなかったのだ。進路なんて未だに実感が湧かないから考えられない、というのは甘えだと分かっている。けれどインターハイが終わったその日に考えるべき内容のようにも思えなくて、俺はその思考を一旦放棄した。
そうすると、次に俺がすべきことは……。
そう考えて、はた、と一人の女の子の後ろ姿が脳裏をよぎった。

「……なまえちゃん」

漏れ出た声に、自分で驚く。
考えただけで声に出す気など全く無かったのに、自然と名前を呼んでいたらしい。かなり小声だったので周りには聞かれていないはずなのに、声を出した瞬間どきりとした。
そうだ、なまえちゃんとの事はどうしよう。そう思いながら、何となく火照った気のする顔を冷やすためにもう一度スポーツドリンクを飲み込んだ。
巻ちゃんは、確か言った。
このインターハイが、俺となまえちゃんの背中を押すと。
俺にはどうもその意味が理解出来なくて、逆にインターハイでまた二人の距離が開いてしまうのではないかと正直恐れている。仮に関係が悪化しなかったとしてもこれから俺となまえちゃんが会うことは無くなるだろうし、秋になるにつれなまえちゃんも忙しくなり電話やメールすらままならなくなる可能性だって高い。
それならここから関係が後退することはあれど、進歩するような気は全くしないような気がしてたまらなくなる。俺はなまえちゃんがまだ好きで、巻ちゃんが言うように未練たらたらで。美しくないと分かっていても、そんな自分だけは律することができなかった。恐らくなまえちゃんも同じ気持ちでいてくれているだろうと思っているけれど、彼女が一歩踏み出そうとしなければ俺達はもう、進めない。俺から進んでも、俺が無理やり手を引いてもいけない。それを知っているからこそ歯痒く、けれどどうすることも出来ないからただただ黙って待つことしか出来ない。
俺はペットボトルを両手で持ち、まるで何かを願うように顔の前に持ってくる。鼻先に当たったペットボトルは熱っぽい両手で持っているにも関わらずまだまだ冷たいままで、こうしていれば頭がきちんと冷えるだろうか、と馬鹿なことを考える。

「……なまえちゃん」

もう一度、名前を呼ぶ。
今度は無意識でなく、意識して声を出した。冷たい液体を流し込んだはずの喉はまたからからに乾いてしまっていて、それについ自嘲をした。

その時、声がした。

「とうどう、くんっ!」

少し距離はあるが、真後ろからの声だった。
走ってきたのか、息が混じった声だった。
聞き覚えのある、聞きたかった声だった。
ふわりと、以前嗅いだことのある良い香りがする。ファンクラブの女の子達が付けている香水ではなく、清潔そうな石鹸の香り。それと少し、汗の匂い。
即座に一人の女の子の、ついさっき呟いた名前が思い浮かぶ。
弾かれたように振り向く前に、その人物は俺に少し遠慮がちに抱きついた。

どうやら彼女は、一歩踏み出したらしい。

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