今日の結果を思い出しながら、私はふぅ、と大きく息を吐いた。
スプリントリザルトは一位と二位、山岳リザルトは二位、全体通してのリザルトは同着の一位。こんなに良い結果を出せたのは、ひとえに部員全員の努力のお陰だ。そのように今日のリザルトを心の中で評価しつつも、私が吐いた息は俗に「ため息」と呼ばれるものだった。

「疲れちゃいました?」

私の隣でせっせとお布団の準備をしていた家庭的な幹ちゃんはその手を一旦止めて、私に聞いた。
今私達は、宿舎の割り当てられた部屋にいる。マネージャーは二人とも同じ部屋なので、ちょっとした修学旅行気分だ。隣でお布団の準備をしていた幹ちゃんとは対照的に、私は既に準備していた布団の上に座ってぼうっとしていた。掛け布団の上に座ってしまっているので、掛け布団が徐々に弾力を無くし始めている。

「あ、ううん!そういうんじゃないの」

先ほどまでぼうっとしたりため息をついたりしていた私は幹ちゃんの声で我に返る。そしてぶんぶんと顔の前で手を振って、わりかし大きめの声を出して否定した。疲れていない訳じゃないけれど、幹ちゃんも疲れているだろうから心配してもらうのは偲びない。そう思って否定したのだが、幹ちゃんはきょとんとして「でもなまえ先輩、ため息ついてましたよ?」と言う。ほんわかしている女の子に見えて、幹ちゃんはしっかりと物事を見ている女の子だ。幹ちゃんと会話をするたびに、そう思う。

「ため息というか、あれは深呼吸というか……」

しどろもどろになりながら、私はぼふんと体を掛け布団の上に倒す。そして枕を掴み取ってお腹の辺りで抱えた。二つ下の後輩の前で何をしているんだろうと思わなくもなかったけど、体が自然にそう動いたのだから仕方ないと思う。
お布団を敷き終わった幹ちゃんはちゃんと掛け布団を畳んで、敷布団の上に座る。そして少しこちらを覗き込んで、くす、と笑った。

「どう見てもため息でしたよ」
「そ、そんなこと……」
「ありますって」

余裕そうに笑う幹ちゃんを見て、これじゃどっちが先輩なのか分からないなと私も笑う。そうして二人してくすくすとしばらく笑った。
笑い声が止むと、幹ちゃんが少しこちらに顔を近づける。笑い声は出さないけれど、まだその顔は笑みを浮かべていた。私は布団に横になったまま、横向きの幹ちゃんの顔を見ていた。

「山岳リザルトの事ですか?」
「なっ……」
「なまえ先輩、顔に出やすいですよ」

幹ちゃんはなんてことのないように、私が何に対してため息をついていたのかを言い当てる。一瞬彼女はエスパーなのではないのだろうかと疑ってしまうくらい、淀みなく。

「顔に出なくてもですけど、なまえ先輩がため息つきそうな事と言ったら今日の山岳リザルトだけですしね」
「えーと……一位逃したのが山岳リザルトだけだから?」

この言い方は間違いではないけれど、あまり褒められたものではないことは分かっていた。全力を尽くして走ってくれたのはどの部員も一緒なのだから、いくら結果重視の世の中とはいえこうやって結果のみを語るのは良くない。けれどこれ以外の表現がぱっと思いつかないんだよ、ごめんね巻島くん。そう心の中で言い訳しながら聞くと、幹ちゃんは「違いますよっ」と声を弾ませる。

「山岳リザルト、彼氏さんが取ったじゃないですか!」
「えっ……と、幹ちゃん。彼氏じゃないよ。元彼氏だよ」
「あまり違いはないですよ!それに巻島さんも復縁すると踏んでいるみたいですし」
「えー……」

幹ちゃんの言葉に、私は苦笑いを浮かべる。ここにも一人、復縁を信じて疑わない人がいる。まるで復縁する以外の道を断つために外堀を埋められている感覚だ。もしかして巻島くんはそれを狙っているのだろうか。もしそうならかなりの策士である。悪い気はしないけれど。

「山岳リザルトを箱根学園が取ったから悔しいけど、それが彼氏さんだったからちょっと複雑……って感じですか?」

横にだらんと伸びている私を見ながら、幹ちゃんは自分の見解を述べる。私は「彼氏じゃなくて元彼氏」と訂正するのも面倒になっていたので、そこには突っ込まずに話を聞いた。

「まぁ、箱学にリザルト取られたのは悔しいけど……」

横になったまま、ごろりと寝返りを打つ。けれどしっくり来る体勢にならなくて、もう一度寝返りを打って元の場所に戻った。

「そういうんじゃないんだよね、ちょっと」
「そうなんですか?」

こんなだらけきった部分を見せている先輩にも、幹ちゃんは何も動揺せずに接してくれる。どれだけ出来た人間なんだ、と思いつつも私は言葉を続けた。

「ほら、箱学の三番……東堂くんだけどさ、彼ってかなりかっこいいじゃん。自分で言うのはどうかと思うけど、トークも出来るしロードレースの山岳区間とか凄く速いし」
「ファンクラブもあるって聞きましたよ」
「そうそう、そうなんだよ」

あまり寝転がってばかりなのも後輩に悪影響を及ぼしてしまうと思い、だらだらした姿勢を何とか起こして布団の上に座る。掛け布団の上に躊躇なく座ってしまうあたりが、私と幹ちゃんとの差だ。

「でも私は、すっごく普通の人間なんだよね。特別可愛い訳でも何かが出来る訳でもない。だからさ、東堂くんの隣にいると釣り合わなくて。隣にいると、周りの人に『なんでお前が東堂くんの隣に』って思われてそうで。……恥ずかしい話、それが怖くて怖くてたまんなくてさ」

私の心の中のもやもやとした、どろどろとした部分を口に出した。
今まで、「東堂くんとは釣り合わない」とは言った事が何度かあった気がする。けれど、周りの人からの視線が恐ろしいというのは、恐ろしくてたまらないというのは、初めて言った気がする。相手が幹ちゃんという女の子だから話しやすいのだろうか、と頭の片隅で考えた。

「それで今日、東堂くんは山岳リザルトを取った。東堂くんは、言っちゃえば輝かしい結果を手にしたんだよね。だからまた、私は東堂くんと釣り合わなくなっていくなぁ、と思って」

自嘲気味にそう言うと、なんだか少し涙が出そうになった。それは流れ出たりはしなかったけれど、瞳全体を潤すには十分だった。
私の方を心配そうに見つめている幹ちゃんに、ごめんねと言う。インターハイ初日の夜に、私の心の中のどうでもいい話を聞いてもらって。そう言い終わるか終わらないうちに、幹ちゃんは確固とした声で「違いますよ」と呟いた。

「……何が?」

何が違うのか、と私が頭の中で処理し切れていないのが分かったのか、幹ちゃんは今度は優しそうに、ふわりとした笑顔を浮かべた。

「気にしすぎです」
「え?」
「なまえ先輩は、とっても気にしすぎなんですよ。人の目はこうだと思い込んで、そして自分を追い詰めて、恋心を奥底にしまい込んでしまって。……先輩が思っているほど、先輩は不釣り合いなんかじゃないですよ」
「……不釣り合いだよ、だってあの……自称だけど、相手はスリーピングビューティだとか形容されてる人だよ?」
「確かになまえ先輩の彼氏さんはとっても素敵な人です。でも負けないくらい、なまえ先輩も素敵なんです!」

幹ちゃんは息巻いて、私に熱弁する。何が彼女をここまで熱くさせているのかは分からないけれど、幹ちゃんにこんな風に言われると少し元気が出てくるのだ。
不釣り合いじゃない、と思うことはいきなりは出来ない。けれど人にこう言ってもらうことで、私は少しだけだけれど安心することが出来たのだと思う。

「どうしても自分が釣り合わないと思うのなら、こう考えてみて下さい。自分はあの彼氏さんに好きになってもらえた人間なんだって!」

私の正面に座る幹ちゃんは、両手を握りしめて私に訴える。それを無下にすることなんて出来なくて、それに今幹ちゃんが言ったように思い込めば少しでも自信が付く気がして、私は彼女に向かって「ありがと」と微笑んだ。

そうだ、私は東堂くんに好きになってもらえたのだ。
周りの人の評価は恐ろしい。けれど周りの人より、東堂くん自身が、私を評価してくれていた。
私はずっと、その事実を忘れていたのだ。

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