※アニメ29話ネタバレ有











箱根の山頂を、越えた。
俺は空を見上げながら、巻ちゃんは地面を見ながら坂道を下ってゆく。
あとが下り坂で本当に良かった。山頂まで酷使していた足はびりびりと痺れていて、もう感覚が無い。これでもし更に上り坂が続いていたら、比喩ではなく本当に足が千切れてしまいそうだった。
疲弊しているのは巻ちゃんも同じようで、ハイタッチをするためにお互いが差し出した手は空を切った。

「疲れてるなぁー……」

心底それを思い知り、空を切った手のひらを見つめながら言うと巻ちゃんは笑った。
そうしてもう一度、今度はお互いの手を意識しながらハイタッチをする。ぱん、という乾いた音は、箱根の山に鳴り響いた。

「インターハイで決着だって約束、したっショ。守れて良かったぜ」

巻ちゃんが呟く。
お互い足は動かさず、斜面を勝手に下っていく自転車に身を任せていた。
巻ちゃんとの勝負は今までで七勝七敗。それにこのインターハイでの山岳リザルトをプラスすると、八勝七敗。しかしその勝利も、ぎりぎりのもので。俺はこれ以上ないほどのライバルに恵まれたのだと、心の底から思う。

「巻ちゃん。一緒に走れて本当に嬉しかった」

俺がそう言うと、巻ちゃんは「クハッ」と独特の笑い声をあげる。そして「クセー事言うんじゃねーっショ」と批難をした。けれどそう言う表情は俺と同じように嬉しそうで、素直じゃないなと思う。
巻ちゃんは長く垂れた玉虫色の髪を耳にかけて、思い出したかのように空を仰いだ。

「決着……といえばよォ尽八、もう一つ決着付けなきゃいけねえ事、あるよな」

尽八、と巻ちゃんが俺を呼ぶのはそう頻繁にある事ではない。さきほどの山岳リザルトを争っている時はお互いに「巻ちゃあああああん!!」「尽八ィィィィィ!!」と叫んでいたものの、普段電話口から聞こえる巻ちゃんの声は、俺をよく東堂と呼んでいた。恐らく山岳リザルトの時の興奮が抜け切っていないのだろう。現に、俺もそうだった。
巻ちゃんの顔を見ると、疲れ切った、けれど優しげな笑顔を浮かべている。

「……なまえちゃんの事か」

俺も笑顔を浮かべながら答えたつもりだったが、実際にどのような表情になったかは自分ではよく分からなかった。疲弊しているため、きっと上手く笑えていなかっただろう。巻ちゃんと会ったばかりの頃は巻ちゃんの笑顔を気持ち悪いと言っていたが、今自分が浮かべている笑顔はその当時の巻ちゃんの笑顔と大差ないかもしれない。

「あぁ。みょうじの事っショ」

風が少し心地よい、そんな下り坂。
それと同じくらい爽やかに、巻ちゃんは相槌を打った。

「山岳リザルトの結果はもうそろそろ連絡が行く頃だろ。それ見て、やっぱり東堂くんかっこいい付き合ってー、ってなるんじゃねえの?」
「恐らくそんな事は言わんよ、なまえちゃんは」

巻ちゃんの軽口に、俺は呆れたように笑った。
そもそもなまえちゃんが俺に別れを告げたのは、「俺が格好良さすぎるから嫉妬する」という理由からだ。俺は山も登れるしトークも切れるし、その上美形である。そしてそれ故、他人より注目を浴びやすい。そんな俺と一緒にいることで、なまえちゃんは「自分とは釣り合わない」と感じるようになったのだという。自分で言うとどうにもむず痒くて笑ってしまいそうな理由だったが、それは真実で。
そうなると、ここで山岳リザルトを取って注目を浴びる事は、なまえちゃんと復縁する事にとっては遠回りになってしまうだろう。それが理由で山岳リザルトを手放す気はさらさら無かったが、リザルトを取った今、ほんの少しだけ不安が生まれていた。
そんな俺に気付いたのか、巻ちゃんは俺の肩を軽く叩く。痺れが治ってきたのか、先ほどハイタッチした時よりもしっかりとした手つきだった。

「ま、さっき言った事は冗談だ。みょうじはお前が結果残したからって理由で復縁しようとするような奴じゃねーよ」
「……そうだな」

巻ちゃんは言う。それを聞きながら、俺はぼんやりと考える。
どちらにしろ、インターハイの結果は俺となまえちゃんの間では良いように作用することは無いだろう。それにインターハイを恋愛事に結びつけるなんて馬鹿馬鹿しいから、もうこれ以上は考えないようにしよう。そう、思った時だった。

「でもよ」

巻ちゃんがまたもや声を出した。そしてそれは、逆接の言葉だった。巻ちゃんを見ると、彼もまたこちらを見つめていた。

「お前らが何で別れたのかとか、俺は知らねえし興味もねえ。だから、これからどうなるかなんて分かんねえけどよ」

最初は地面を見ていた巻ちゃんは、暫くして俺の顔を見ていた。そして今、ふ、と顔を上げて、最初に俺がしていたように空を仰いだ。

「このリザルトが、インターハイが、未練たらったらなお前らの背中を押してくれると思ってるっショ、俺はな」
「……また随分詩的な事を言うな、巻ちゃん!」
「クハッ、お前ほどじゃねえっショ」

俺も同じように、空を仰ぐ。
箱根の空はどこまでも、どこまでも青くて、そして暑かった。

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