俺となまえちゃんはどちらもなかなか譲らず、結局服ではなく俺がバレッタを購入してプレゼントするということで話は落ち着いた。これでもなかなか譲歩したのだが、なまえちゃんはバレッタを買うと決めてからも「そんな、別にいいのに……」とぼそぼそ反抗していた。けれどその顔は少し嬉しそうにも見えたので、嫌がられている訳じゃないことが分かった。それを確認して少しほっとする。
バレッタはブラウスを買った店のヘアアクセサリーのコーナーにあったものだから、なまえちゃんが購入したブラウスやなまえちゃんの今日の服装にとても合っている。購入してすぐになまえちゃんの髪をバレッタで留めると、彼女はありがとうと控えめに微笑んだ。

「なんかごめんね、プレゼントしてもらっちゃって」

店を出てからも、なまえちゃんは少し眉を下げて俺に言う。

「俺がしたくてやったことなのだから、謝ることはないぞ」
「うーん、でも……」

そんな風に言いつつも、なまえちゃんの後頭部では可愛らしいバレッタが揺れている。俺がこのバレッタを選んだ時になまえちゃんの目が輝いた事くらい気付いていた。相当このバレッタを気に入っているようなのに「でも」を繰り返す彼女を見て、素直じゃないなと笑う。するとなまえちゃんは頬を膨らませた。その顔も可愛いと思うのは、別れを告げられているのに1ミリも想いを捨てられていないからなのだろう。

「……でも、まぁ、ありがとう」
「うむ。ごめんよりありがとうの方が言われて嬉しいな」

そう言いながら自負している美しい笑顔を浮かべると、「イケメン山神の笑顔が神々しすぎるよ」と珍しく冗談めかして彼女は笑った。
その言葉に対してまた笑いながら、俺は考える。
もし俺となまえちゃんが付き合っているままで、これが正式にデートだと言えるものだったら。
彼女はバレッタを受け取った時、謝ったりしなかったかもしれない。もっと早いタイミングで、冗談っぽく笑顔を見せてくれたかもしれない。
頭の中を、そんな考えがぐるぐると巡る。
それでも足を反射的に動かせながら、二人でゆっくりと来た道を戻っていた。
すると先ほどまで冗談を言っていたなまえちゃんの口は、今度は落ち着いた声を出し始めた。

「東堂くん」

こちらを見ることはなく、進行方向をぼんやりと眺めている横顔。俺はその横顔を見ながら、「どうした」と短く返事をする。それでもこちらを向くことはせず、けれど少しだけ微笑んで、なまえちゃんは続けた。

「やっぱり東堂くんと付き合うの、無理だなって思った」

俺は目を見開くけれど、それ以外で特段驚いた素振りは見せなかった。一度別れを告げられているのだ、この言葉だけでショックを受けるほどやわな男ではなかった。振られた直後から調子が優れなくなっていたほどに脆弱なメンタルだったのは確かだが、二回目ともなると慣れてしまっている。それに巻ちゃんから電話で聞いた限り、まだなまえちゃんは俺に好意を抱いているらしい。
それらの要因が、なまえちゃんにこんな言葉を突きつけられても落ち着いていられる理由なのだと思う。
それになまえちゃんは、いつでも結論が突然だ。
今回もそうだけれど、以前別れを告げられた時もそうだった。振る理由やそう考えた過程を言わずに、辿り着いた結果だけを言う。前回はそれを鵜呑みにした俺だったが、今回は落ち着いている所為か、なまえちゃんの言葉を鵜呑みにせずに済んだ。どのようになまえちゃんがそう思ったのか、その過程を知りたい。「それはまた、どうしてなんだ?」と出来るだけ優しく問いかけると、一瞬だけなまえちゃんの目が泳いだ。そしてか細い声で、「笑わないでね」と一言前置きをする。口を何回か開いては閉じ、を繰り返していたが、意を決したのかよく通る声で話し始めた。

「……東堂くんが格好良さすぎるからだよ。その辺にいる生半可な格好良さじゃなくて、本当に綺麗な顔してるから」

淡々となまえちゃんは言うけれど、内容は俺の顔のべた褒めだった。ぽかんとした表情でなまえちゃんの方を見ると、彼女はそれに気付いたのか「と、とりあえず最後まで聞いて……」と恥ずかしがっていたので黙って続きを促す。すると先ほどと同じように淡々とした声で話は続いた。

「さっきの店員さんも言ってたじゃん、東堂くんかっこいいって。前に東堂くんがうちの学校来た時も、東堂くん見た子がかっこいいって騒いでて。今だって、通りすがりの人が東堂くんの顔を見てたりするの気付かない?」
「……それは気付かなかった」

そう言いながら控えめに辺りを見回すと、なるほど確かに女性の通行人と何人か目が合う。ファンクラブもあるほどだから自分がどれほど女性受けするのかは分かっているつもりだったが、どうやらそれは思った以上だったようだ。

「だから、なんていうか……私じゃ釣り合わないなって。隣に並んでて凄く見劣りするなって思ったの。そう思うと、東堂くんの事は好きなんだけど、隣にいるのが惨めになってきて」

一息で、言葉を吐く。
隣でそれを聞いていた俺は何も言うことが出来なかった。何を言っても自分の美しさを肯定しているように捉えられてしまいそうで、何を言ってもなまえちゃんにはお世辞だと思われてしまいそうで。けれどなまえちゃんは何も言わない俺を話を聞いて呆れてしまったのだと思ったらしく、「ごめん」と困ったように笑った。

「変だよね。好きって気持ちより、自分が惨めになりたくないって気持ちを優先したんだ。呆れてくれて構わないよ」

なまえちゃんは笑うが、俺は笑えなかった。
惨めな想いをしたくないという気持ちは、誰だって持っている。それを否定することなんて出来ない。けれどなまえちゃんは俺を好いていて、俺もなまえちゃんを好いていて。その二つの気持ちを押し殺してしまうのはとても辛いことだと、別れを告げられた時から知っている。
ゆっくり歩いていたつもりだが、いつの間にか待ち合わせ場所にしていたところに着いていた。腕時計を確認すると、もうそろそろ帰路につかなければいけない時間だった。なまえちゃんはもう一度「ごめんね」と言い、手を軽く振ってその場から去ろうとする。

俺は今、どうすることが正解なのだろう。

静かに混乱した頭で、そんな事を考える。
このまま別れてしまうことが正解でない。それだけ、それだけは上手く働かない脳みそでも確実に分かっていた。逆に言えばそれ以外の事は分かっていない。それでも勢いに任せて、手を伸ばしてなまえちゃんの手首をきゅっと掴んだ。

「へっ?」

なまえちゃんはさっき俺がやったように目を見開き、驚いた。そりゃそうだ、そのまま去るつもりだったろうにいきなり手首を掴まれたのだから驚くに決まっている。俺も俺で、なまえちゃんを引き止めたは良いもののどうすれば良いのかは分からない。分からないけれど、何か言わなくては。
着飾った言葉は恐らく通じない。きっと、思っていることをそのまま告げるのが一番だ。具体的な策など見つからないのだから、そうするより他はない。そう思い、俺は息を吸い込む。そして未だに現状がよく分かっていないなまえちゃんと向かい合い、口を開く。

「なまえちゃんの思っていることは、わかった」

思ったことを、そのまま。
けれど感情に流されてしまわないように、慎重に。

「惨めな思いは誰だってしたくない。だからなまえちゃんを責めたり、俺と復縁するように強要したりなどしない」

ゆっくり、ゆっくりと告げる。
戸惑っていたなまえちゃんも、目を泳がせずに俺の顔をきちんと見ながら話を聞く。

「俺は待つよ」

一番、言いたかったことを口にする。掴んだなまえちゃんの手首がわずかに動くのを感じた。けれど俺の顔から目を離さず聞いてくれたままでいて、少なからず安心した。

「なまえちゃんの中の、俺を好きでいてくれる気持ちが惨めな思いより大きくなるまで、俺は待つ」

なまえちゃんが泣きそうな顔をするのが分かる。
苦しいのだろう。恋愛感情と自分を惨めに思う気持ちが混ざり混ざって、苦しいのだろう。
俺も苦しかった。かなり無理をすれば今すぐに手に入るようなものを、壊さないように、大事に、自分の手の届かないところに置いておくのが。
恋愛なんて、苦しいことばかりだ。幸せなこともあるけれど、苦しいことの無い恋愛なんてそれはお遊びでしかない。
お遊びの恋愛に溺れるくらいなら、苦しく締め付けられて「待て」と言われる方がよっぽど良い。待つことくらい、どれだけ長くてもやってやろうじゃないか。

「待つくらいなら、良いだろう?」

俺が言うと、わずかに、本当にわずかに、なまえちゃんは首を縦に振った。

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