入部届けを出した次の日から、私はマネージャーとして働く事になった。昼休みに、オールバックの人に一通り仕事の説明を受ける。彼はキャプテンで、石垣先輩という名前だった。
ボトルの準備やタオルの洗濯場所など、教えてもらう事はだいたいすぐに覚える事が出来た。自転車整備については少し複雑なところもあるので、部活が終わってから詳しく教えてもらうという事で話が落ち着く。

「すみません、貴重な昼休みに時間を割かせてしまって」

私がそう言うと、石垣先輩は苦笑する。

「部活時間に俺が教えよったら、さっさと練習せえって御堂筋に言われるからな。多分みょうじさんもとばっちりくらってしまうで」
「……それは嫌ですね」
「せやろ?」

確かに、今の御堂筋くんなら言いそうな事だ。というか、絶対言う。恐らく真面目に練習していても結果が伴わないなら見下してくるだろうし、マネージャーに仕事を教えるためとはいえ部活時間を少しでも削ると不機嫌になだろう。その様子が容易に想像出来た。
それに、と石垣先輩は続ける。

「それに、俺らも勝ちたいしな。御堂筋のやり方はエグいもんがあるけど効果的やし、皆で我慢したらあの練習も乗り切れる」

我慢や、我慢が大事なんやで、と石垣先輩はにかっと笑う。その屈託の無い笑顔につられて、私も口角を上げた。
最初見た時は、私は御堂筋くんのやり方を独裁恐怖政治のようだと思い、先輩方は皆強要されているんだと思っていた。けれど、少なくとも一人、エグいと言いながらも確実に御堂筋くんについていこうとしている人がいるのを知って、私は心の中で小さな「翔くん」に良かったね良かったね、と何回も語りかけた。



「誰」

放課後になり、部活が始まるまでに色々と準備しておこうと早めに部室棟に向かった。そして昼休みに教えてもらった通りにドリンクを作っていたら、後ろから不意に声がした。振り返ると、ひょろっとしたシルエットの彼が立っている。遠目に見たときからひょろ長い体型だとは思っていたが、実際近くで見るとひょろ長い以上に威圧感が半端ではなかった。うわぁ鉢合わせしちゃったよまだ心の準備出来てないのに、と思っていると痺れを切らしたかのようにまた「誰」と聞かれた。一日目から彼の機嫌を損ねるのは、たいへんよろしくない事だ。

「マネージャー、です。今日から」

割と普通に応対出来たと思ったが、同級生相手に敬語になってしまった事に気付いた。なんだかんだ、私はまだ御堂筋くんが怖いのだろう。
へぇ、と言う御堂筋くんは私を頭のてっぺんからつま先までじろっと見つめた。品定めされているみたいで、少し、いや非常に、居心地が悪い。

「名前は?」

御堂筋くんが言う。独裁恐怖政治の御堂筋くんが、マネージャーになったとはいえよく知らない人の名前を聞いてくるとは思わなかったので、私は驚いた。けれど御堂筋くんの顔を見ると心底面倒臭そうな顔をしており、名前を聞いたのはなけなしの社交辞令のようなものか、と思い至った。いや、これも御堂筋くんのコミュニケーションの取り方にしては上出来な気がする。

「みょうじです」

やはり名字だけ、私は名乗る。
それを聞くと御堂筋くんは不満げな顔をして、はいはいみょうじさんな、と呟いた。名前を聞いといて不満げな顔をするって人としてどうなんだろう。そう思ったが、御堂筋くんだから仕方ないと結論付けた。「御堂筋くんだから」という一言は、大抵のことの免罪符になりそうな気がする。
そして御堂筋くんは、部活の準備をするためか私に背を向け、その状態で私に宣告をする。

「みょうじさんな、しっかり仕事せぇよ。使えんかったらすぐクビ切るからな」

入部一日目から結構どぎつい言葉を浴びせられ、ちょっと怖気付いてしまう。ビビりながらも、分かってる、と答えると、御堂筋くんはそれにも興味なさそうにふぅんと返した。

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