入学して一週間が経った。何人か友達が出来て、つつがなく高校生活を送っている。勉強もそれなりに難しいが、授業に着いていけないほどではなかった。想像していたよりイージーモードな生活で、内心ほっとしていた。
お昼休み、友達数人とお弁当をつつきながら、会話をする。あの先生がちょっと厳しいだとか、体育の球技選択が面倒だとか。たわいもない話をしていると、ふと、それまで玉子焼きを美味しそうに咀嚼していた子が、そういえばと声を出した。

「部活ってさあ、皆もう決めたん?」

その子の声に、皆思い思いの反応をする。私バスケ部ー、まだ決めてない、吹奏楽やるつもりー、などなど。リアクションを取るのに出遅れた私は、皆それぞれ違うなあ、と思いながら、お弁当の中にひっそりと入っていたほうれん草のおひたしを口に放り込んだ。

「なまえちゃんは?」

もぐもぐと口を動かしていると、部活の話を持ち出してきた女の子が私に聞いてきた。ごくん、と食べていた物を飲み込み、そうだねー、と答える。

「私は自転車競技部のマネージャーしようかなって」
「自転車競技部?」
「あ、私それ知っとる。去年確かインハイ9位やったって聞いた」
「えー、凄いやん」

自転車競技部の知名度は、私が思っていたより低くないようだ。去年インハイに出たとなると、有名になるのも不思議な話ではない。凄いねー、と言う友達に、私はそうやね、と笑った。
私が自転車競技、もといロードレースに興味を持ったのは、幼い頃の「翔くん」の影響だった。悲しみを一瞬でも忘れさせてくれたロードバイクが忘れられなかったのだ。残念ながらロードバイクは私が想像していたより高価な物だったのでそれ自身を買う事は出来なかったが、ツール・ド・フランスなどのDVDを代わりに買って、擦り切れるほど見た。中学では自転車競技部というものが無かったから、どうにか高校ではロードバイクに関わりたくて、自転車競技部がある高校を私は必死になって探した。京都伏見に入学したのは、そんな理由があったからだ。



放課後、入部届けに名前と「自転車競技部」と書き、生徒手帳の後ろの方にある地図を見ながら、自転車競技部の部室棟を探す。校舎からは少し離れたところにあるそれを見つけ、駆け寄ろうとすると、御堂筋くんと何人かの先輩がいるのが見えた。

(あ、いた)

御堂筋くんがいる事は予想していた。小学生の時からロードをやっていたんだし、高校でもやるだろう、と漠然と思っていたからだ。だが、私は予想外の事に驚き、足を止めた。

あの部活、完全に御堂筋くんが仕切っている。

仕切っているなんて甘いもんじゃない。遠くからでも聞こえる御堂筋くんの声は、私の足を竦ませるには充分だった。上級生に君付けを強要し、彼らを道具としか見なしていない御堂筋くん。
昔と全然違う、変わってしまった、と軽い絶望感を味わい、彼らに気付かれないように足早にその場を去った。

とはいえ、いくら今の御堂筋くんが独裁恐怖政治みたいな事をしているからといって、私は自転車競技部に入部する道を諦めてはいなかった。さすがに御堂筋くんが怖かったので、教室に戻って出された課題を片付けながら、運動部が終わる時間まで待った。校舎内に下校時刻のお知らせが響き渡る頃、私は一度通った部室棟までの道を歩く。この時間帯は、少しだけ空が暗い。まだ部室棟に御堂筋くんがいるかもしれないという不安と、逆に部員皆が帰ってしまっていたらどうしよう、という不安でないまぜになる。誰もいなかったら明日また来れば良いのだが、もう二回もここを通っているので、できる事なら今日済ませたいなぁ、と思った。
その時、ぴゅう、と風が吹く。
ふと風が吹いた方を向くと、学ランの御堂筋くんが、小さな、でもサドルは異様に高いロードバイクに乗って、私のすぐ横をすり抜けていくのが見えた。私は目を見開く。御堂筋くんも私に気付きほんの少し驚いたように、「ピギッ」と小さく叫んだ。けれど、立ち止まる事はしなかった。
デジャヴだ。デジャヴというか、ほとんど同じような光景を、私と御堂筋くんは小さい頃に体験した。けれどまぁ、これくらいの事で御堂筋くんは過去を思い出したりはしないと思う。その事実に少し切なくなりながらも、私は部室棟までのあと少しの距離を歩いた。
部室棟に着き、自転車競技部、と書かれたすぐ横のドアを見つめる。電気が付いているあたり、まだ部員は残っているようだ。緊張しながら控えめにノックをすると、はーい、と、想像していたよりも明るい返事が聞こえる。そして数秒後、がちゃ、とドアが開く。出てきたのは、人当たりの良さそうなオールバックの男の人だった。
知らない一年生の女子が訪ねてきたからか、オールバックの人は目をぱちぱちとさせ、固まっていた。私もそれと同じように固まる。何て声をかければ良いか咄嗟に判別出来ず、数秒後、あの、これ、と手に握りしめていた入部届けをオールバックの人に向けて差し出した。するとオールバックの人はやっと合点がいったようで、あぁ!と声を上げて微笑んだ。

「マネージャー志望さんやね?」
「は、はい!マネージャー、募集してますか」
「しとるよ。てか大歓迎や!マネージャーおったらええなって思っとったんよ」

よろしくな、とオールバックの人は私に手を伸ばそうとする。が、その途中で「あ、」と声を出し、動きは止まった。そして、何か言いにくそうに頭を掻いた。

「あー……あの、今年入った一年が凄い速い奴なんやけど、今年はそいつの独裁チームになりそうなんや。結構キツイと思うけど、それでもええかな」

御堂筋くんの事だな、と瞬時に分かった。というか、今年の一年はまだ御堂筋くんしかいないんだろう。オールバックの人の不安そうな顔を見て、私は大丈夫です、とはっきり言った。

「ロード、好きなんで。やから、キツくても頑張ります」

そう言うとオールバックの人は嬉しそうに、じゃあ、これからよろしくな、と微笑んだ。

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