部活が終わると、御堂筋くんは部室の前で私を待っていた。私は今日の分の日誌を書きながら、窓から見える御堂筋くんをちらりと見た。
今日は話せる、今日は一緒に帰れる。ここ最近はまともに顔を合わせることが少なかったから、それだけで嬉しい気持ちになるのだ。日誌を書くペンもいつもより早く動いた。

「ごめん、遅くなった」
「マネージャー業ちゃんとやっとる証拠やろ」

諸々の仕事を片付けて御堂筋くんと顔を合わせる。日誌以外の業務が少し手間取って十分ほど待たせてしまったが、意外にも御堂筋くんは嫌味を言ってこなかった。最近では私が少しでももたつくと白い目を向けてきていたから、今日の御堂筋くんはかなり優しいというか、いつもと違っていた。
御堂筋くんは壁に立て掛けてあったデローザを起こして、それと共に一歩足を踏み出す。それが「帰るで」という合図なのはすぐに分かった。私もそれに続いて、御堂筋くんの後を追う。

「でぇ、話って何なん」

御堂筋くんは真っ直ぐ前を向いたまま、私に聞く。私はそんな御堂筋くんの横顔を見ながら、とりあえず何から言えばいいのかな、と思案した。
「ついてく覚悟はしてるよ」とか「幸せになってほしいんだよ」だとかいきなり切り出したら、変に思われるだろうか。いや、ついこの間はいきなり「どこにも行かないよ」と切り出したのだから今更何を言い始めても御堂筋くんは驚かないだろう。けれどあんまり詩的な表現になってしまうと、さすがに気持ち悪がられてしまう。割と大事な話をしようとしているところに彼お得意の「キモッ」を言われると、しばらくは立ち直れなくなってしまうだろう。
そんな事を悶々と考えていると、私と御堂筋くんの間には沈黙しかなくなってしまう。それを見かねてか、彼は急かすように口を開いた。

「愛の告白どうたら言うてたけど」
「……あ、言うたね」

御堂筋くんは特に大袈裟な反応もせず、「愛の告白」という単語を淡々と言う。元はと言えば私が言った単語であるけど、今聞くとなんだか小っ恥ずかしいと思ってしまう。
しかし、同時に心の中がすっと涼しくなった気がした。最初の最初に恥ずかしげもなく恥ずかしい台詞を言ったのだから、今更どんな切り口で話し始めても大丈夫な気がした。
心の中と同じように、一回すっと息を吸い込んで、肺を酸素で満たしてから口を開く。

「あのね。前に御堂筋くんが、覚悟ないんちゃう、って言ったの覚えとる?」
「覚えとる」

考えて出た言葉ではなかった。さっきまで散々悩んでいたくせに、話し始めると案外すらすらと口から二酸化炭素といっしょに言葉が出てきた。それに呼応して、御堂筋くんも短いながら言葉を返す。

「覚悟はしてたん。でも、分かってないことがあったんよ」
「…………」
「私にとって御堂筋くんが何者なのか」

御堂筋くんが返事をしなくても、私は話を止めなかった。沈黙すらも返事のような気がしたのだ。沈黙が逆に私の話を促してくれるのだ。

「御堂筋くんは恋人じゃない、親友って言うのもおこがましい。憧れなのか、ヒーローなのかもわからない」
「おん」
「じゃあなんで私、御堂筋くんについていこうとしたんかなって思って」

暫く、それをずっと考えてた。
そう言うと御堂筋くんは「哲学者やないんやから」と小馬鹿にするように、でも少しだけ優しく言った。
段々と暗くなる通学路は、私と御堂筋くんしかいなかった。まるで世界にふたりきり、とまではいかないけれど、このふたりの妙な空気を仄暗さが包んでいる気がして、なんとも言えず安心した。

「特別やから、ちゃうのん」
「……ついていこうとした理由?」
「ん。よう知らんけど皆言うてるから」

話を続けようとして口を開きかけた途端、御堂筋くんが声を出した。
御堂筋くんの口から「特別」が出てきたのは、もしかしたら初めての事じゃないだろうか。それに動揺しつつ聞くと、彼は顔をふい、と逸らして私の視線から逃れる。
その仕草はひどく人間じみていて、何故だかそのときに「好きだな、御堂筋くんが」と思った。

「私ね、御堂筋くんのこと好きなんだと思う」
「は」
「恋愛感情とかやなくて。友達としてでもなくて、たぶん、特別な好きなんよ」
「……何言うてるの、キミ」

好き、という言葉に静かに驚いた御堂筋くんは、私の言ったことを上手く噛み砕けていないようだった。よう分からんのやけど、と御堂筋くんは梟のように首をひねる。だから私も同じように首をひねって、「私も分からん」と笑ってみせた。分からないけど、好きだと思うのだ。だからきっと、御堂筋くんから離れないと、あのとき言い切れたのだと思う。

「理由はないけど、幸せにしたいなって思う。だから、特別な好き」
「みょうじさん、たまーに言うことブッ飛んどるわァ」
「だめかな」
「だめとかそういう次元ちゃうで、コレ」

はあ、と御堂筋くんは大きなため息をついた。呆れてしまっただろうか、確かに突拍子もない話ではあるなと思ってはいた。
いつの間にか私達は、あの大通りが見えてくるところまで歩いていた。歩行者信号はやはり赤を示していて、いつも通りだと感じる。今日は何秒待たされるだろう、そう思いつつ横断歩道の前まで足を進めると、珍しく信号はすぐさま青に変わった。

「まぁ覚悟あるならなんでもええわ」

御堂筋くんはぽつりと言った。
最悪拒絶されることも念頭に入れていた私にとっては少なからず衝撃の言葉で、横断歩道に踏み出そうとする足が地面に躓く。それを見て御堂筋くんは「ダサっ」と呟いたけれど、今はそんなこと、どうでも良かった。

「じゃあ、あの、いいの?」
「何が」
「ずっとついてっても」
「ええけどこき使うで、相当」
「それは本望やから」
「マゾヒストか、キミ」

御堂筋くんが、ちょっとだけ笑った。
私は嬉しくなって、横断歩道の残り半分を駆け足で渡る。渡りきった後にやったあ、と拳を突き上げると、躓いた足が少し痛んだ。
足の痛みは、今まで御堂筋くんとすれ違ってきたときの心の痛みと似ていた。それを乗り越えたのだ。乗り越えて、今があって、私はやっと余計なことを考えずに全力で、御堂筋くんをサポートできるようになるのだ。
遅れて横断歩道を渡りきった御堂筋くんがそんな私を見て何を思ったかは分からない。ただ、ずっとこき使える相手が見つかったことを喜んでくれていたらいいな、と思った。

「けどちょっと気になるわァ」
「何が?」
「なんでボクを好きなん。正直意味分からん」
「私自身も分からんって言うたやん」

御堂筋くんと初めて会ったのはもう五年以上前、そして一日だけ。そして再会してから今までは半年弱。
それだけしか御堂筋くんと接していないのだから、それだけの時間で御堂筋くんが一体どういう人物なのかはっきりと把握できていないのだから、感情の正体が分からないのは当たり前。私自身はそう分析している。
それを御堂筋くんに言うと、分かっているのか分かっていないのか、また梟のように首をひねってみせた。

「モヤモヤするんやけどォ」
「なに、恋愛感情として好きになってほしいん?」
「調子こくなや」

少し揶揄ってやろうと御堂筋くんに問うと、彼にぺしんと頭を叩かれた。そうだ、彼は恋愛とか友情とかを重荷だと言う人だった。それでこそ御堂筋くんだ。そう思ってはみたものの、叩かれた頭はじんじんと痛んだ。
「不確定なものが気になるだけや」と御堂筋くんは言って、まぁそうだよね、と腑に落ちる。では何が私の気持ちを確定するのか、そう考えて、ふとあることを思い付く。

「ねぇ御堂筋くん」
「なんや」
「長い時間一緒に過ごすとさ、分かると思うんよ。いろいろ」
「ボクの人格とかどういう人間か、そういうんがか」
「うん。でもそれ、結構時間かかると思う」

半年弱一緒にいて、ご飯を食べたりして、喧嘩もして、インターハイも出て。それだけやっても私はまだ感情を掴めていない。だから私が御堂筋くんを充分に知って、この感情の正体を判明させるのには途方もない時間を要するだろう。
だから、と私は続ける。

「だからね。これからの未来いっしょに過ごすのはもちろんだけど、過去の穴も埋めたいの」
「つまり過去を知りたいから、過去を話せって言いたいん?」
「そう。よう分かったね」
「みょうじさんの考えること単純すぎてすぐ分かるわァ」

私を馬鹿にするような言葉も、嘲るような表情も、受け入れられるようになったのはいつからだろう。時期を思い出せはしないけれど、きっとそのときから私は御堂筋くんが好きだったのだと思う。それに気付いたのが今だなんて笑ってしまうけれど、それでもいいと思えた。

「確定させるためやからな」
「うん」
「話したるわ、昔のこと」

その時の御堂筋くんの表情は、初めて出会った日に見た「翔くん」の笑顔と同じだった。


end

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