「……もしかしたら、それだけでええんかな」

気付けば声に出していた。無意識のうちに、声に出して確認をしたかったのかもしれない。誰かにその疑問を聞いてもらって、「それだけでいいんだよ」と言ってもらいたかったのかもしれない。
ユキちゃんと私は同じだ。御堂筋くんに幸せになってほしいのだ。ユキちゃんは家族として御堂筋くんの幸せを願っている。では私は「何として」御堂筋くんの幸せを願っているのだろうか。ずっとずっとそんな風に、私は「何として」の部分を考えてきた。自分自身が御堂筋くんにとって何なのか、御堂筋くんが私にとって何なのか。それを、ずっと。

「幸せになってほしいって思うだけで、充分近くにいる理由になるんかな」

例えその人が自分にとって、どういう存在なのだとしても。
そういう考えに行き着くと、なんとなく肩の荷が降りるような気がした。唐突にポエミーな質問を投げかける私を、ユキちゃんは変な目で見たりはしなかった。「きっと」と私の言葉に頷いた。それだけで今の私には充分だった。


ユキちゃんと別れ、自分の家の扉に手をかける。叔母さんも叔父さんもまだ帰宅していないようで、家の中はとても静かだった。合言葉のようにただいまと言って、階段を上って自分の部屋に向かう。がちゃりとドアを開けて、リュックはその辺に放り投げる。スカーフを少しだけ緩めてベッドにダイブすると、なんだか思考がシンプルになっていく気がした。

「あー…………あはは、なんで気付かんかったんやろ」

笑みが漏れたけど、自嘲ではなかった。
やっと答えにたどり着けた気がして、胸の内がスッとしたのだ。
私にとって御堂筋くんは何なのか、それは確かに重要なことかもしれない。けれどそれが分かるのは今ではないのだ。私はまだ御堂筋くんをよく知らない。おぼろげな昔の記憶と今の彼が私に見せてくれる部分、それだけしか私は知らない。だからどういう存在か分からなくて当然なのだ。
どういう存在か分からなくたって、良いのだ。
それが分からなくても、近くにいて支えることは何らおかしいことではない。
何故なら私は御堂筋くんに、幸せになってほしいからだ。
御堂筋くんのことをよく知らないと言っているのに、「幸せになってほしい」と思うのはおかしいことだろうかと一瞬考える。考えた後、頭を軽く振る。そういう疑問も、意味を成さない。幸せを願うのはきっと理性だとかそういうものは関係なくて、本能的な思考だと思うから。
そこまで考えると、心のわだかまりが完全に無くなるのを感じた。
感じながら、ごろ、と寝返りを打つ。そして頭に思い浮かべたのは、ユキちゃんや石垣先輩、自転車部部員など、御堂筋くん関連の悩みを助けてくれた人たちの顔だった。きっと皆、御堂筋くんに幸せになってほしいんだろう、と勝手に考える。
御堂筋くん、君は君が思うよりも皆に幸せを願われてるよ。
そう思うと、なんだか優しい気持ちになれた。





部活が終わり部員が各々の片付けを始める。その中でも御堂筋くんの片付けは特に早くて、今日も私と一切目を合わせずに帰宅しようとしているのが見てとれた。
他の部員とは少し離れたところにいる御堂筋くんの元へ、私はずんずんと近づいていく。座り込んで作業をしている所為か、その背中は小さく見えた。
一度私に覚悟がないことを見透かした御堂筋くんは、きっと自分からこちらに近づいてはこない。だから私が距離を詰めていくしかない。精神的な距離も、物理的な距離も。

「御堂筋くん」

あまり大きな声を出したつもりは無かったけれど、御堂筋くんは私の声に驚いたようで「ピギィ」と久々に聞く独特な感動詞を口にした。背後からひっそりと近づいたのが少々まずかったのかもしれない。

「……何やみょうじさんか」

ぐるん、とフクロウのように首を此方側に向けた御堂筋くんは私の姿を見て息を吐いた。私を見てため息を吐くとは何事だと思ったけれど、最近のお互いの空気感からして当たり前といえば当たり前か、と折り合いを付ける。

「御堂筋くんに、お話があります」

それなりに真剣な顔をして、けれど重い雰囲気を出さないように気をつけつつ言う。それを聞いた御堂筋くんは顔を私からロードバイクの方に向け、片付けと微調整を再開する。

「ボク今忙しいんやけどォ」
「ちょっと、目をそらさんといてよ」

ここまで冷たい態度を取られるのは想定内だ。私は特に焦りもせずに、ロードバイクを挟んで御堂筋くんの正面に回り込む。すると御堂筋くんは大きな目をぎょろりと動かして、私の姿を捉えた。

「覚悟の無い子からされる話はありませェん」
「それがあるんやよ」

ぎょろっとした彼の目を見据える。最初の頃は恐ろしく思えたけれど、少し経つと見慣れた。そして今では何の恐れもなく、その目を正面から見ることができるようになっていた。
私が言い切ると御堂筋くんはぴた、と手を止めた。

「どういうことや」

少しいつもより低い声だった。
彼はのそりと立ち上がる。長い長い彼の背丈を、久々に見た気がした。威圧感を出したいのだろうか、表情は変えずにただ私を見下ろしていた。
けれど怖くはなかった。

「今じゃなくてええよ、今は片付けしといて」
「そんならいつ話すんや」
「今日一緒に帰ろ、そんとき話すよ」

にこ、と笑いかけながら言う。そうしたらなんだか彼の雰囲気も変わるかもしれないな、と思ったからだ。御堂筋くんの様子を見たところ雰囲気が好転したようではなかったけれど、険悪な雰囲気に陥ることもなかった。
それじゃあ、と手を振って私は部室の方へ歩き出す。部室の施錠と日誌の記録など、諸々の仕事が残っているのだ。去っていく私の背中を御堂筋くんが見つめ続けていたかどうかは分からなかったけれど、彼は一つ、私の背中に質問を投げかけた。

「何の話するん。くだらんことなら先帰るで」

平坦な声だった。変に戸惑っていたり、焦っていたりする声ではなくて、何故だか安心した。
そうだ、それでこそ御堂筋くんだ、と思ったからかもしれない。今対峙している御堂筋くんはいつもの御堂筋くんだ。近頃まともに会話も接触も出来なかったけれど、その間に御堂筋くんが変わってしまってはいなかった。
御堂筋くんが変わっていないなら、今まで私と過ごしてきてくれた御堂筋くんなら、きっと私の話を聞いてくれる。勝手かもしれないけれど、そう確信したのだ。
私はついさっきの御堂筋くんのように、顔だけくるりと彼の方に向ける。フクロウのようには首を回せないけれど、きちんとお互いの顔が見えるほどに振り向けたので及第点だ。
さっきはにこりと笑ってみせたけれど、今度は真面目な顔をしてみせた。
今から言うことは冗談なんかじゃなくて、私が真剣に考えた上での言葉だということを伝えるために。

「私なりの、愛の告白みたいなもんかな」

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