この世の中には、どんなに頭を抱えて考えたって答えが出てこないものがある。それは宇宙についてだったり、哲学のことだったり、はたまた驚くほど個人的なことだったり。誰だってひとつは、そんな答えの出てこない問いを持っていると思う。
私はこの数日間ずっと、どうしようもないことについて考え込んでいた。それはおそらく自分の力だけでは答えが出てこないもので、そして個人的なことだった。

「あーあ、考えれば考えるほど分からん……」

部活終わり、誰もいなくなった部室。
掃除や施錠などの諸々を終わらせてやることが全く無くなった今、部室の鍵をいじくり回しながら盛大な独り言をつぶやく。こんなに大声で独り言を言ってしまうのはかなり参っている証拠だ、と思う。
実際、ここ最近私は本調子ではなかった。いつだって考え事が頭から離れなくて、どこかぼんやりとしていた。それで御堂筋くんに白い目で見られてしまうこともしばしばあって、余計にマネージャーとしての信頼を失うこととなっている。

私が答えが出ないくせにうんうんと唸りながら考えているのは、御堂筋くんのことだ。
私にとって御堂筋くんは何なのか。それをずっと、考えている。
それなりに御堂筋くんに近しい存在になれた今、御堂筋くんの隣にいるのが何故だか当たり前になっていた。だから、御堂筋くんに突き放されたときにひどく驚いた。突き放された原因を突き止めて弁解し「どこにも行かない」と告げた。だがどこにも行かないという覚悟がないことを指摘され、私は再度衝撃を受けた。
どうして私は「どこにも行かない」覚悟がないのか。
それは自分の中の御堂筋くんの存在が何なのか、分かっていないからだ。恋い焦がれているのか、憧れなのか、親友なのか、ヒーローなのかさえも分かっていない。
私は未知なものの傍にずっと居ようとして、そのくせ未知を恐れていた。

私は荷物を手に取り部室から出て、最後の施錠をした。リュックのポケットに丁寧に鍵を仕舞い込んで、もう人がいなくなった部室棟の前を通り過ぎていく。
今は何時頃だろうか、と考える。秋も深まってきたため外が暗くなるのは早い。
暗い中一人で考え事をすると不安な方向に思考が向かうのは分かっていた。そのため近頃頭を悩ませている問題をなるべく考えないようにして、いつもより足早に帰路を辿る。けれどどうしたって御堂筋くんのことばかり考えてしまって、人通りがないのをいい事に自嘲に似た笑みを浮かべるしかなかった。
こんなにずっと考えてしまうのなら、いっそノブ先輩やヤマ先輩と一緒に帰って延々話を聞いてもらう方がまだましだったかもしれない。勿論二人にとっては迷惑以外の何物でもないから、実際はしないと思うけれど。
正門から出ると、ぽつぽつと外灯が道を照らしているのが見えた。昨日まではこの時間に外灯は点いていなかったような気がする。それだけ今日はいつもより暗いのだろう。
その風景を見て、はぁ、と大きくため息が出た。周りに人がいたなら、不幸を振りまいていると思われるくらいの大きさだった。外灯が私の悩みも照らしてくれれば良いのになぁ、と柄にもなく詩人のような言葉を頭の中で呟いた。





高校から家までの間に一度だけ、大通りに直面する。大通りの自動車の交通量が多い所為か、そこの歩行者用信号機はなかなか青になってくれないことで有名だ。それ故に遅刻寸前の朝にはやきもきさせられていた。
例に漏れず今日の赤信号も長くて、またため息を吐きそうになる。ため息ばかりでは一層気分が落ち込んでしまうことは分かっているのでなんとかこらえたが、それでも気分が明るくなるわけではなかった。
人は悩みがあるとき、そしてそれが自分にとって深刻であればあるほど、いつでもそれについて考えてしまう。おまけに、いつでも体が冷えて息が止まりそうになる感覚に陥る。
最近の私は常にそうだ。考えて、体の奥がツンと冷えて、息をするのも少し疲れてしまう。自分一人で考えたところでどうにもならないのに、一人で考えてそうなってしまうのだ。
俯きがちになる目線を無理やり上げて、信号機を眺める。まだ赤だった。たったそれだけでしょげてしまいそうなる。今日は良くない日だな、とぼんやり思ったとき、涼しい風と共にその声は聞こえた。

「あれ、なまえさん?」

何処かで聞いたことのある声だった。
ふと声のした方を向くと、二つ結びでぱっちりとした目の女の子が立っていた。

「ユキちゃん」

私が名前を呼ぶと、その女の子ーーユキちゃんはふわりと笑った。最初に出会ったときと同じ、綺麗な笑い方だった。

「今、帰りですか」
「そうだよ。ユキちゃんも?」
「はい、補習で遅くなって」

ユキちゃんは照れ笑いも綺麗だった。私も年上らしく自然に笑みを浮かべたかったけれど、なんだか上手くいかなかった。ぎこちない笑みしか作れないのが自分でも分かる。だがユキちゃんの前で暗い表情をするわけにもいかなくて、ぎこちないながらも口角を上げた。
ユキちゃんが来て程なくして、信号は青に変わる。二人で並んで横断歩道を渡ると、さっきまでひとりぼっちだった心が少しだけ落ち着いた。信号待ちの車のヘッドライトに照らされたユキちゃんが、眩しかった。

「翔兄ちゃんはもう帰っとるんですか?」

最後の白線を踏んだところで、ユキちゃんが聞く。御堂筋くんの話題が出てきたことで冷や汗をかいたが、平静を装うしかなかった。

「うん、私より先に出たからもう家に着いとると思うよ」
「翔兄ちゃん、薄情やわぁ。なまえさんを待ってあげたらええのに」
「うーん、それは……厳しいかなぁ」

ここ数日のことを思い出し、私は力なく微笑む。
今の御堂筋くんは、きっと私と一緒に帰る気などないだろう。覚悟のないわたしを見透かしているから、近くに置くことすらしてくれない。それは私のせいだから何も意見出来ないけれど、寂しいな、と思った。

「まぁ翔兄ちゃんの性格では、確かに厳しいかもしれんけど……」

ユキちゃんは私の心情に気付かないでいてくれた。私の言葉を深く掘り下げることはせずに、ただなんとなく聞いてくれることが、今は嬉しかった。

「でも私、翔兄ちゃんとなまえさんには一緒にいてほしいって思うんです」
「……それ、なんでって、聞いてもええんかな」

ユキちゃんは一点の曇りもないような声で、私と御堂筋くんの話をする。
当の私は御堂筋くんの関係を見失ってしまっているというのに。なんだか自分自身が情けなくて、けれどもしかしたらユキちゃんの言葉の中に答えが潜んでいるかもしれない、とも思う。
ユキちゃんの目を見てそう聞くと、ユキちゃんは「聞いてもいいですよ」と年下とは思えないような声音で言った。

「前に言ったことあるから、それ聞いたよってがっかりされてしまう理由かもしれんのですけど……翔兄ちゃんには、幸せになってほしいから」

幸せ、と私は口の中で繰り返した。
そうだ、私は前にユキちゃんから聞いたのだ。御堂筋くんを幸せにしてあげて、というお願いを。

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -