まず始めに私がやるべきことは、告白の返事をすることだろう。御堂筋くんとのごたごたした事情はそこから始まったのだから、そこから終わらせなければいけない。
告白されたときと同じように、私と告白をしてきた男の子は中庭に対峙していた。

「……返事、くれるんか?」

少し寂しそうに彼はそう言った。まだ返事をしていないのに、まだ断っていないのに、どうしてそんなにも切ない表情をしているのだろう。
私が「うん」と相槌を打つと、彼は私の目を真っ直ぐに見据えた。

「一思いに振ってくれよ、同情とかせんでええから」
「……振られる前提?」

私が冗談っぽく言うと、彼は首を縦に振る。振るつもりだったくせにそんな反応されることに驚いて、一瞬呆気に取られた。
「だって、振るやろ」と彼は言う。それを肯定するようなリアクションをしていいのかどうかわからなくて、えっと……とだけ声が出た。

「分かるで、みょうじ見てたら」
「わかるん?」
「分かる」

彼はそう呟いて、申し訳程度に設置されているベンチに腰を下ろす。私は動かず、それをただ見ていた。私と彼の間には何メートルくらい距離があるのだろうと考えたが、目測が得意な方ではないので深く考え込むのはやめた。

「御堂筋とは付き合ってないんよな」
「うん、前に言ったとおり」
「じゃあ、付き合ってはないけど御堂筋が好きなん?」
「え」

ごめんなさいだとか付き合えないだとか私が伝えるより前に、彼はもう完全に諦めているようだった。そんな彼に御堂筋くんとのことを聞かれて、私は感動詞しか口に出せない。
私が御堂筋くんを、好き?恋愛的な意味で彼は聞いているのだろうか、きっと恋愛的な意味で彼は聞いているのだろう。
いきなりこの質問を投げつけられるのは、野球初心者とキャッチボールをしていたはずなのに、いきなり160キロくらいの変化球を投げられたようなものだ。
何の準備もしていない、むしろ深く考えたこともないようなことをぶつけられる。それに対して照れたり恥ずかしく思ったりすることは出来ず、ただただ驚くことしか出来ない。

「……考えたことない。付き合ってるか聞かれたら違うってすぐに言えるけど、恋愛感情の有る無しは……どうなんやろ」

それだけ言うと、それを聞いた彼はキョトンとした顔をして、すぐに曖昧な笑みを浮かべる。

「気付いてないんなら、言わん方が良かったかなぁ」
「えぇ、なにそれ」
「気付かせんかったら俺にもまだチャンスはあったかなって…………や、でもどうせ無理かな。みょうじも御堂筋も、お互い特別っぽい雰囲気やから立入れんわ」

あーあ、と大きくため息をついた彼は、不意にベンチから立ち上がる。そして軽く手を振りながら、「じゃあな」と別れの言葉を口にした。
私はそれに対して上手く返事が出来なかったような気がする。見てくれていないのに、ただ手だけを振り返した。

彼が見えなくなってから、誰もいなくなったベンチにゆっくりと座る。微妙に天気の悪い空を眺めて、言われた事を噛み砕く。
私は御堂筋くんが好きなのだろうか。そしてそれは恋愛感情なのだろうか。
一言で言ってしまえば、「考えた事がない」に行き着く。けれど言及されてしまったから、考えずにいることは難しい。

「…………うぁぁ…………」

またよく分からない問題が降ってきてしまったなぁと思って、無意識のまま唸ってしまう。
私が考えるべきなのは御堂筋くんとの和解と、御堂筋くんにとっての私の立ち位置と、私自身の気持ちらしい。どうやって折り合いをつけていこうかと思い悩んでも、すぐに心の整理はつかなさそうだった。





「御堂筋くん、私は他の人のところに行くつもりなんかないよ」

次の日の朝練時に、私と目を合わせようとしない御堂筋くんの背中に声を投げかける。
言った直後、なんだかカップルが言うような台詞だなと感じて少し変な気分になる。きっとお互いそう思っただろうけど、お互いそれを口には出さなかった。
御堂筋くんは首をゆっくりと動かして、右目だけで私を見る。瞬きはしないままだった。突然何なん、と呟いてまた私から視線を外した。

「何なん、って言われても……うーん、ただの意思表示みたいなもの」
「別にボクに気ィ遣わんでも、フーセンみたいにどっか行ってもうたらええやん」
「気ぃ遣ってはないよ、ほんとにどこにも行く気はないんよ」

私が言うと、御堂筋くんはそれを聞いたのか聞いていないのか、自身のロードに跨った。
このままどこかに走り去ってしまうのだろうかと思い御堂筋くんとロードの正面に急いで回り込むと、久しぶりに御堂筋くんの表情をしっかりと見ることが出来た。とは言っても何か珍しい表情をしていたわけではなく、普段と変わりなかった。普段通り振る舞おうと努力しているのか自然体なのか、そこまでは読み取れなかった。
御堂筋くんはしばらく正面に突然現れた私の顔をまじまじと見た。御堂筋くんに長く見つめられることはそうそう無い。多少怯えながら、多少どぎまぎしながら同じように御堂筋くんの顔を見つめる。目が大きいなぁ、というありきたりな感想しか浮かばなかった。

「ほんまに?」
「ん?」

唐突に御堂筋くんが声を発する。
あまりに唐突だったため、すぐに上手く会話を組み立てることはできない。二秒くらい御堂筋くんの言葉を理解するための時間を取って、それから「あぁ、」と納得したような声が出た。

「ほんまに、どこにも行かんよ」

御堂筋くんの目を見ながら言う。これは真摯な気持ちだ。私はどこにも行く気はない、御堂筋くんと共にロードに全力を尽くしていくつもりしかない。ふらふらとどこかに行ってしまう私なんて、私自身想像が出来ないくらいだ。

「じゃあなんで」

本当の気持ちだ、これが私の想いだ。
そう思っていれば伝わるだろうと思っていると、御堂筋くんからは疑問符が出た。

「なんでそんな、悩んでるような顔しとるん」
「…………え」
「ほんまは覚悟、ないんちゃう」

それだけ言って、御堂筋くんはペダルを思い切り踏む。
急に前進し出したロードに驚いて横に避けると、御堂筋くんはそんな私に構わずすいすいと道を進んでゆく。そのまま学校の敷地内から出ていったので、外周でも走るのだろう。
私は自分の顔をぺたぺたと、冷たい指先で触る。悩んでいるような顔を、していただろうか。私は自分の出した結論に迷っているのだろうか。いや、そんな筈はない。私はロードが好きで、他の人のところに行く気もなくて、そして……。

「そして……御堂筋くんへの気持ちが、わからない」

私がこの後に及んで悩んでいることが、ある。
私は御堂筋くんをどう思っているのか。特別だと思っているのか。好意を抱いているのか。昔の自分を救ってくれたヒーローだと思っているのか。ただの部活仲間だと思っているのか。そこに愛はあるのか。
わからない。
今は、それに関してなにも分かっていない。

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