「……あ、そういえば」

ひたすら頭をひねってもなかなか答えは出なかった。結局、私が日誌を書いた後に珍しく三人揃ってとぼとぼと帰路に着くこととなった。その途中で私がぽつりと呟くと、ノブ先輩とヤマ先輩はこちらに目を向けた。
「なに、なんか思い当たる節でもあったん?」とノブ先輩が大きな黒目をぱちぱちさせながら聞いてきて、私は一回だけ首を振った。思い当たった節である、告白された事を御堂筋くんに(話の流れとはいえ)告げた旨を二人に伝えると、ほおお、と二人ともから変な相槌が聞こえてきた。
やっぱりクラスメイトと同じように、恋愛沙汰の話はたいていの人にとっては面白いものなのだなと思う。確かに私も、人の話を聞くのはそれなりに楽しいと思う。自分が当事者じゃなければそんなものだ。

「みょうじさんもモテ期ってやつやなあ」
「茶化さんといてくださいよ、ヤマ先輩」

ノブ先輩の茶化し冷やかしはキャラに合っているし慣れているけど、どちらかというと真面目な風貌のヤマ先輩の茶化しはなんだか冗談に聞こえない。む、と顔を少し顰めてみたものの、そんな顔すんなよと笑われるだけだった。

「でも実際そうなんやろ、告白されたんなら」
「そういうんじゃないですって」
「ええー」

先輩達はなんやかんやと言いつつ、通学用の自転車を押しながら歩く。あまり新しくはないママチャリなのか、たまにキィキィと音を立てている。私はそれに横並びでついていく。
いつもの帰り道のような、ロードバイクを静かに押す御堂筋くんの後ろをついてゆくのとは真逆な雰囲気だった。

「うーん、まぁ、そういうんやないにしてもさぁ」

ノブ先輩は自転車に跨って地面を蹴りながら、うううん、と唸りつつ声を出す。真面目な答えを出そうとしているのか、いつもより言葉を探しているように見えた。

「それが原因やろなあ、今日の御堂筋くんの態度見た感じ」
「やっぱそうですかね。他には特に話してないし……」
「俺もそうやと思うわ。それ以外心当たりもないしな」

ヤマ先輩もこくこくと頷く。御堂筋くんの態度の原因は満場一致で私のちょっとした恋愛話だった、ということになった。
けれど、ちょっとした話で、しかもただ告白されただけという内容であれほど態度が冷たいものになるだろうか。その辺りは少し納得がいかない。突き詰めて考えていくと、御堂筋くんはとても勝手な態度を取ったんじゃないかと思えてきた。
私はついつい口を尖らせてしまい、無意識に地面を踏みしめる足音も大きくなる。

「でもそれだけで怒るのって、なんか……おかしくないですか、悪いことしてないのに」

普段人には見せないもやもやした感情が浮き上がってくる。
御堂筋くんのことだから、人とは違う感性の持ち主だからと色々なことを見逃してきたつもりだ。けれど今回彼はよくわからない小さな理由で不遜な態度を取ってきたのだから、ちょっとくらいはもやもやしたって良いと思う。
ふんふんと鼻息を荒くして言うと、先輩ふたりは何故だかにこにことしていた。まるで可愛い後輩たちがきゃっきゃと戯れているのを見ているような表情だ。

「……なんで笑ってるんですか」

純粋な疑問でそう聞くと、先輩達はごめんと一言謝ったあと、笑顔を消しきれずにいながらも口を開いた。

「俺とノブには、なんで御堂筋があんな態度取ったんかちょっと分かるからやで」
「男子特有の感情なんですか?」
「や、そういうのやないよ。でもいつもの御堂筋とみょうじさん見てると、今日のあの態度の理由が分かるっていうか」

ヤマ先輩の説明は、ちょっぴり回りくどい気がした。よく分からないです、と言うと、そうやろなと言う。

「要はアレや、御堂筋くんはみょうじさんが告白されたて聞いて、嫉妬したんちゃう?」

ノブ先輩が口を挟む。要はと前置きをしているけれど、その後に続くものは要領を得ないもののような気がした。
御堂筋くんって、嫉妬するような人なのだろうか。彼は感情を削ぎ落とせるだけ削ぎ落としているような人間だ。勿論私の事を「特別」だと感じてくれるくらいには、私に対して色々なことを思っているのだろう。だから感情がまるっきり欠落しているわけじゃない。けれど、それにしたって、私関連で嫉妬するというのはよくわからない。
私がいまいち理解できていないのが顔に出ていたのか、ノブ先輩は説明を続ける。

「みょうじさんはさ、御堂筋くんの特別なんやろ?」
「仲良いつもりだしもっと知っていきたいとか思ってはいます、けど……それと嫉妬て、どう繋がるんです?」
「……みょうじさん、特別ってどういうことか知っとるん?理解しとるん?」

私がもだもだと返事をすると、ノブ先輩は私の顔を覗き込んだ。いつものおちゃらけた雰囲気ではなかったため、私は息を飲む。
ちらりとヤマ先輩の顔を見たら、彼も彼で微笑みつつも真剣な顔をしていたので、真剣に考えなければならないなと感じた。

「特別……。パーソナルスペースに入れてもらえたりとか、人をあまり近づけないのに仲良くしてくれたりとか……一番近くに置いてもらえてる、とか、ですか?」
「みょうじさんと御堂筋くんとは、そういう感じなんやな」
「はい、ええと、そんな感じです」

私がそう言うと、ノブ先輩はうんうんと如何にも先輩らしく頷いてみせたあと「じゃあヤマ、パス」とヤマ先輩の方を向いた。
どうやら真剣に聞いてはみたもののその次に返す言葉を考えていなかったらしい。ヤマ先輩は呆れつつ「ノブ、キャプテンなってからめっちゃ先輩風吹かしたがりやな」と呟いた。ノブ先輩もノブ先輩であははと笑い、「でもふたりのことを真剣に考えてはいるで」と付け加えた。一連の流れはなんだか面白いけれど、最後の台詞は心強かった。

「ま、ノブの話の続きになるけど」

ヤマ先輩が仕切り直して、私の方を見る。

「御堂筋にとっての特別って、本当に特別な存在やと思うんよ」
「……?つまり、どういう……」

私が首を傾げつつ聞くと、ヤマ先輩はうーんと唸って頭を掻いた。こういう実体のない曖昧なものは、説明が難しいらしい。けれど私も、理解できるように努めた。

「なんていうか、替えのきかない存在っていうか……ただ友達ランクの一番上にいる、って訳じゃないと思うんよ。御堂筋にとってみょうじさんはそういう、絶対的な存在になりつつあるんやと思う」
「絶対的な、存在」

ヤマ先輩の言葉遣いを聞いて、まるで神様みたいに言うんだな、と少し思った。
私は御堂筋くんにとって、絶対的な存在なのだろうか。そこまで思われているのだろうか。言い過ぎのような気もしたが、二人が真剣な顔をしてそう言っているのを聞いていると、生半可な気持ちで否定することはできなかった。

「そんな絶対的な存在になりそうな子が、他の男に持っていかれそうやと思ったら……絶対的になる前に、縁切ったろ、って思いそうやない?」

ヤマ先輩はピースサインを作って、はさみのようにシャキシャキと動かした。私はその手を見つつ、そんなことを御堂筋くんは考えていたのだろうか、考えていたのかもしれない、とぼんやり思う。
さっきまでざくざくと地面を踏み鳴らしていた足を止めて、リュックの肩ベルトをぎゅう、と握りしめた。

私は自分自身の立ち位置を、もう一度よく考える必要がある。

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