噂は広まるのも早ければ、収束するのもそれなりに早かった。私の友人はまだ御堂筋くんのことを話に持ち出したりするけれど、あまり話したことのない人から噂について聞かれることは数日経てばめっきり減った。これで御堂筋くんにいやーな顔をされることはないだろう、とちょっとだけほっとする。

「良かったなぁ、収まって」
「ほんまやわ。何度もみょうじさんの名前出されるんそろそろ飽きてくる頃やったからな」
「え、そこまで」

部活前のちょっとした時間。備品整理をしながら、私と御堂筋くんはお喋りをする。普段のこの時間、御堂筋くんは早めに外に出て走ったりデローザのメンテナンスをしたりするのが常だけれど、今日は珍しくマネージャー業の手伝いをしてくれている。運が良い日だ。
私があの噂の話を持ち出すと、御堂筋は備品を数えながら呆れたように言った。いつもクラスメイトとあまり喋らない御堂筋くんは、噂が広まっている間はいつもの倍ほど人から話しかけられていたらしい。それは確かに気が滅入るよねと相槌を打つと、「ほんま、誰かさんの所為でな」と数日前と同じような嫌味を返してくる。私はそれにあははと苦笑いしながら、ファイルに備品メモを書き込んでいった。

「にしてもアレやな」
「なに?」

備品の在庫を数え終わった御堂筋くんはふらふらと歩いて、ベンチに静かに腰を下ろす。それを横目で追いながらファイルをぱたんと閉じると、その音が部室に響いた。
季節はそろそろ本格的に秋になるようで、開け放っている窓からは少しだけ涼しい風が入ってきていた。

「みょうじさんが色のない人間でほんまに良かったわァ」
「え、何それ。どういう意味?」
「良い意味やで、良い意味」

御堂筋くんが何やらよく分からないことを言うので口を尖らせて聞き返す。確かに以前色がないとか何とか、御堂筋くんと話した事はあった。けれど皮肉っぽい雰囲気で言われたように感じたので、少しだけつっかかるように聞いてみる。するとそれに対して彼は面倒そうに、でも一応きちんと返事をした。

「もしみょうじさんに彼氏とかおったら、やんややんや言われとったやろな思って」
「あぁ、そういうことか。もしそうなってたら御堂筋くん、ほんと学校来るのも面倒くさがりそうやんね」
「ダルすぎて登校拒否する勢いやわ」

そう言って架空の彼氏にわぁわぁ因縁を付けられる様子を想像したらしい御堂筋くんは大きなため息をついて、おまけに眉間にしわを寄せた。
御堂筋くんの生活の中心は、基本的にロードレースだ。そして進んで人と関わろうとしたり、人間関係を構築したりしないタイプの人間だ。そんな彼のことだから、複雑そうな人間関係トラブルに巻き込まれてロードに割く時間が減ってしまうなんてのは以ての外なのだろう。
私も御堂筋くんがしたような想像して、ついつい頭の中の酷く不満そうな顔をしている彼に笑ってしまった。たぶん実現しない光景なのだろうけど。

「前も言ったけど、そういう予定は無いから大丈夫やで」
「ならええけど」

それに続いて私の顔をちらりと見て、何笑うとるん、と目を細めながら言われる。言葉のトーンが少しだけ怖かったので、頑張って真顔を作って「何でもないよ?」と返してみせた。
迂闊に変な御堂筋くんの想像は出来ないな、と思う。





正直な話、目の前にいる人の名前はよく覚えていない。顔はよく知っているし名前も聞けば「あぁ!」と思い出すのだろうけど、顔だけ提示されても芋づる式に名前を思い出す事は出来ない。そんな関係性の人と私が何故向かい合って、しかも放課後の中庭という場所にいるのかというと、「呼び出されたから」であった。
事の始まりは昼休み、友人がにやにやと笑みを浮かべて話しかけてきたことだった。

「ねぇなまえ、放課後ちょっと時間作れる?」
「部活行かないとあかんから、あんまり長い間は無理だけど……」
「五分十分とかで良いらしいんやけど」
「それならまぁ。てか、らしいって?」

言葉尻が気になり聞くと、友人は一層声を潜めて私に近づき、「アイツがなまえにそう伝えてって」と遠くの席でお弁当を食べている男子グループを指差した。その男子グループの中の誰かまでは指を辿ってもよく分からなかったし、あまり興味も湧かなかった。友人達が呼び出しに対して盛り上がっている中、とりあえずふぅんと相槌を打ってみせたことは覚えている。
そして今、男子グループの中にいた一人と私が少し気まずそうに対峙している状況にある。

「えぇと、来てくれてありがとな」

対峙して一言目はそれだった。どう返事をして良いのか分からず、うん、とだけ返す。相手は次に言う言葉を探しながら、えぇと、と繰り返した。あまり女子の話すのに慣れていないのか、緊張しているように見えた。
教室内でよく見るこの男子は、そういえば御堂筋くんに噂のことについて聞きに行っていた中にいた気がする。そんな事を考えていると、まるで考えを読まれたかのようなタイミングで彼は口を開く。

「御堂筋と、付き合ってないて聞いたんやけど、ほんま?」

一応御堂筋くんに聞いたはずなのに、まだ不安げな顔のまま聞いてくる。

「付き合ってないよ」

何の他意もなく答える。すると彼はひどく安心したような顔をした。良かったぁ、と優しげに微笑む姿は、教室内ではあまり見ることが出来ないような気がする。普段は結構おちゃらけたキャラクターの筈だ。女子を前にするとどうも普段通りにはいかない性格なのかもしれない。

「そっか、部活も一緒やし、二人でおるとこよお見るからてっきり……」
「や、そんなんやないよ」
「そっか、うん」

彼は何回か相槌を繰り返して、やがて覚悟を決めたように私と目を合わせた。「えぇと」とか「そっか、そっか」を無駄につぶやいていた時の迷いのようなものは無くなっているように見えた。目が合った直後、彼は声を出す。

「俺、みょうじの事好きなんや」

そう言われてしまい、なんとなくその言葉が来るのだろうなあと構えていた私でも少しだけ動揺してしまう。恋愛感情ではなく、その言葉の鋭さに、どきりとさせられる。

「……え」
「あ、えっと、返事とかいつでもええから!……俺も部活あるし、じゃあこれで!」

自然と漏れ出た声に、彼は慌てたように反応をした。緊張の糸が切れてしまったのか、一方的に話を断ち切られる。彼は簡単に別れの挨拶を口にして、駆け足でグラウンドの方へ行ってしまった。私も彼と同じようにじゃあね、と言ってはみたけれど、その声は届いたのかどうかよくわからない。

「…………何だったんだろ」

誰もいなくなった中庭で、ぽつりと呟く。
さっきのが何だか分からなかった訳ではない、あれは告白だ。
そして恐らく、私はそれを断るだろう。
でも、と口の中で逆説の言葉を唱える。告白をされたのは生まれて初めてだった。だからか、自分の中でさっきの体験が上手く処理をしきれていない気がする。そしてきっと、明日になっても明後日になっても、処理しきれない気もする。
答えは決まっているのになんだかもやもやしてしまう。今日の部活ではシャキシャキ動けないかもしれないなと考えて、御堂筋くんに怒られるのは嫌だなぁ、と小さく笑ってしまった。

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