友人にこっそりと耳打ちされたのは、あれから二日経った昼休みの事だった。持参したお弁当箱を空っぽにして満足げに息をついていると、「あのね、なまえに聞きたいことがあるんよ」と一緒にご飯を食べているグループの一人が声を潜めて言う。そんなに改まって、そして小声で聞かれるようなことなんてあっただろうかと首を傾げてみると、その他の友人もやたらとこちらに身を寄せて「私も聞きたいと思ってた」とかなんとか言い始めた。何のことか見当もつかない私は苦笑いをしながらなあに、と聞くことしかできない。
口火を切った友人は少し周りをきょろきょろと見回し、ある一人の人物を見つけてそちらに目線をやりながら更にトーンを落として話しかけてきた。

「あのさ……なまえ、こないだ男子と帰ってなかった?」

女子高生特有の、異性に関する話が始まる。
よく他のメンバーがクラスの男子の格付けをしたり、バイト先の年上の男の人の話をしているのを聞いていた。しかし自分が、ただ男子と一緒に帰っていたとかそういうレベルとはいえ、そういった類の話の主人公になるとは思っていなかったのでちょっぴり驚いてしまう。
目を丸くしながらも否定をしない私の様子を見て、彼女らは各々「やっぱり」といった表情をしてみせた。

「んでんで、相手は御堂筋くんってのもマジ……!?」

否定をしない私に対して、矢継ぎ早に質問が降ってくる。
相手が特定されているのにも関わらず最初の質問で名前を出してこなかったのは、なかなかに信じ難かったからなのかもしれない。

「確かに、御堂筋くんと帰ったけど」
「うわああやっぱり!」

小声ながらも色めき立つ友人に、さっきから苦笑する以外の選択肢が出てこない。そんなにテンション上がる話?と嫌味にならないように気を付けながら言うと、皆揃って首を縦に振ってみせた。

「だって、やっとなまえにも春が来たんやもん!」
「春……ってどういうこと?」
「仲良さそうに帰ってたって聞いたよ。それはもう付き合ってるってことやないの?」
「……え、ちょっと待って」

私のテンションと友人のテンションが一致していないことに疑問を抱いてよくよく話を聞いてみると、なんだかちょっとばかり、事実とは異なるような気がする内容だった。
私と御堂筋くんが一緒に帰っていたというところまでは事実なのだけれど、仲睦まじそうにだとか、恋人みたいな距離感だったとか、あの御堂筋くんが女子と会話をしながら帰っているのだろうからアレはもう付き合ってるんだろうとか。
実際はいつもの20センチの距離を空けて歩いていたし、私が話すばかりで御堂筋くんはたまに返事をしてくれるくらいだった。マネージャーストライキの話をしていた時には比較的返事をしてくれ、おまけに皮肉っぽい笑顔を向けてきたので、こんな噂を流した人はきっとその場面を見たのだろう。
仲睦まじそう、は百歩譲って良いとして、付き合っているのではという噂は頂けない。別に勘違いされていても私は気にしないけれど、御堂筋くんの機嫌が大変悪くなりそうだ。

「とりあえずさ、私と御堂筋くんはそういうんやないから」

あはは、と笑いながらそう言って、ちらりと横目で遠くの席の御堂筋くんを確認する。
いつもは一人で黙々とお弁当を食べていたり自転車雑誌を眺めたりしている御堂筋くんの机の前には、珍しく二、三人の男子が立っていた。クラスでも割と明るいグループに属している方の人物が、何故一人で行動しがちの御堂筋くんと一緒にいるのか。不思議に思って見ていると、男子達の会話に御堂筋くんがふるふると面倒臭そうに首を振った。ちゃうで、と独特の声が聞こえてきて、男子達の「なんだー」という落胆の声も耳に入る。
きっと彼らも彼らで、友人と同じように御堂筋くんに噂の真偽を確かめていたのだろう。私に聞くならまだしも御堂筋くんに聞きに行くというのは、なかなかにチャレンジ精神に溢れすぎているような気がしなくもないけれど。
暫く御堂筋くんの方を見ていると、御堂筋くんはくるりとこちらを振り返る。いつもの面倒臭そうな顔ではなくちょっぴり不機嫌そうな顔を向けてきたので、まだまだ残暑が厳しいのに私の背中には冷や汗が流れていた。

「ちょっと、御堂筋くんなまえの事見とるやん!」

あくまで私と御堂筋くんを恋愛関係にしたいらしい友人らはきゃあきゃあと盛り上がっていたけれど、いやほんとに、そういうのではないのだ。





「面倒な事になってしもたね」
「キミの所為でな」
「私だけの所為ではないはず……」

あの後あまり話した事のない人にも「御堂筋くんと付き合っとるって本当?」等と数回聞かれた。その度にやんわりと否定し続けていたのだが、どうやらそれなりに話が広まってしまっているみたいだ。御堂筋くんも同じような質問を何度かされたらしく、部活が始まる頃には苦虫を噛み潰したような表情を顔に貼り付けていた。
他学年には広まっていなかったようで、部員に聞かれることが無かったことだけが救いだった。部活の時間にそんなことを聞かれたなら、御堂筋くんの怒りはマックスになっていたのではないかなぁと思う。

「キミと一緒に帰ったらあんな噂が広まったんやから、キミの所為やろ」
「それ言うたら御堂筋くんと帰って広まったんやから、私にとっては御堂筋くんの所為やで」
「屁理屈言うなや」
「屁理屈って……」

私と噂になったことが嫌なはずなのに、御堂筋くんは今日もまた私と帰っている。私と帰りたい訳ではなくて歩きたいだけらしいけど、それなら日誌を書く間待っててくれたのは一体何故なのか。でもそれを聞いたらまた何かしら言われてはぐらかされてしまうので、聞かなかった。
今日も私達は20センチの間を空けて歩く。
これが恋人に見えてしまう距離なのかどうかは分からないけれど、それ以上近づかず、そして離れずがいつも通りだ。変えるつもりは無かった。

「ていうかさ、今日も一緒に帰ってたらまたなんか言われるんちゃう?」

ロードを押して歩いている御堂筋くんに向かって、見上げながら私は言う。ひょろりと長い影が、道の上に伸びていた。

「一緒に帰ってるんやない、ボクにみょうじさんが引っ付いてきとるだけやろ」
「さっきは一緒に帰ったって言うてたで」
「アレは言葉の綾や」
「えぇ」

何かしら表情を変えるかと思いきや、飄々とした様子で返される。ああ言えばこう言う人だなあと思うけれど、それが御堂筋くんらしいので直してほしいとは思わない。
また噂になるだろうな、と息を吐いて、でもついつい笑ってしまった。

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