授業終了のチャイムが鳴り響く。
号令の通りに起立して頭を下げて、着席する。先ほどまで苦戦していた化学の教科書を机の横にかけているリュックの中に押し込んで、代わりにお弁当を取り出した。それと同時にぐぅ、とお腹が鳴って、つい苦笑してしまう。
教室内では、どの休み時間よりも人がわらわらと移動していくのが見える。今は昼休みになったばかりで、席を移動して持参したお弁当を食べる人や、学食へ向かおうとする人が多いからだ。少し経って人の流れが落ち着いてきた頃に、私は自分の席を立って御堂筋くんの席の方へ歩く。
誰も座っていない、御堂筋くんの前の席に座ると、緩慢な動きでカバンからお弁当を取り出している途中だった彼がふと顔を上げて私を見た。

「なんでここ来てるん」
「いつもお弁当食べとる子達が夏風邪やったり彼氏と食べる約束してたりで、皆おらんの」

一人で食べるのもアレやから、と付け加えると、ずっと前に私が御堂筋くんとご飯を食べたときと同じように、彼は面倒臭そうに目を細めた。その表情が以前ほど恐ろしく感じなくなってきたのは、流れる月日のおかげなのかもしれない。

「みょうじさんはそのグループ以外にトモダチおらんの?寂しい子やねぇ」
「友達はおるけど、お弁当のグループって固定化してるから他のとこ行きづらいだけですー」

煽られるように言われて、私は頬を少しだけ膨らませる。こんな話し方が御堂筋くんらしいとは分かっているものの、ついついむっとして言い返してしまう。そんな不毛なことをしながらも、御堂筋くんと私は机の上に置いたお弁当の蓋をぱかりと開いた。
いつも叔母さんが作ってくれるお弁当は、私の好きなものがふんだんに入っている。今日は甘めの卵焼きと、小さめのハンバーグが入っていた。この二つは特に好きなメニューなので、私はさっきまでの御堂筋くんとの言い合いを忘れて顔を綻ばせた。

「美味しそうやね」

御堂筋くんが、一言漏らす。
どうやら私のお弁当を見ての感想だったらしい。私が瞬きしつつ御堂筋くんを見ると、「それ」と今出してきたお箸で卵焼きを指してきた。

「作ってもろたん?」
「うん、叔母さんがいつも作ってくれる」
「せやろな」

みょうじさんがこんな綺麗に作れるとか考えられんわぁ、と御堂筋くんは言う。
また私への嫌味かと眉根を寄せたけれど、家族が作ったものを褒められるのはなんとなく嬉しくて、「叔母さん、料理上手いの」とだけ返した。

「御堂筋くんのお弁当は、ユキちゃんが作ったん?」
「今日は叔母さんが。日替わりなんや」
「そっか。美味しそう」

次は私が御堂筋くんのお弁当を覗き込んで、言う番だった。
前一緒に食べたときはユキちゃんが作ったと言っていたので聞いてみると、どうやら御堂筋家のお弁当は叔母さんとユキちゃんの当番制らしいと知った。確かに前回より、今日は和風のメニューが多い気がした。

「美味しいで」

美味しそう、と言った私に対して、御堂筋くんはぽつんとそう返してきた。それは普段よく見る御堂筋くんらしくはなくて、どちらかと言えば、夏休みに病院で会った時の雰囲気に似ている気がした。
御堂筋くんはたまに、こういう雰囲気になる。どういう雰囲気かと聞かれれば具体的に説明はできないけど、普段の刺々しい感じではなくてほんのり暖かいような、そんな感じになるときがある。
部活の時や他の人の前でなったりしたのを見たことはないから、もしかしたら私だけ見れる特権なのかもしれない、と少しだけ思う。多分だけれど、私は御堂筋くんの、特別な友達だろうから。

特にそれ以降の会話はせずに、私と御堂筋くんは黙々とお弁当を食べる。
いつものグループで食べるときはお喋りをしながら食べるのが常だったけれど、御堂筋くんとは特に沈黙も痛いとは感じなかった。御堂筋くんも私とお喋りがしたいわけではないだろうし、お互いこの状態が心地良かったんだろうとぼんやり思った。

「……あ、そういえば」

お弁当を食べ終わり、お箸を片付けようとしたところで、ふと私は声を上げる。
その声に反応して御堂筋くんは私の方に顔を向け、お弁当の最後の一口をぱくんと食べた。

「さっきの化学、課題出てたやん。教えてほしいんやけど」
「ハァ?めんどいわ」
「私化学苦手やもん……まだ炎色反応も覚えてないし」
「それはやる気ないだけやろ」

図表でも見ながらやり、と御堂筋くんは投げやりに言う。
私はそれでも引き下がらずに、お願い、と手を合わせた。他の教科は割となんとかなる方だけど、化学は一人でなんとかできるほどのレベルにない。しかも化学の先生はあまり好きな方ではないから、目をつけられたくないのだ。
その旨を御堂筋くんに伝えると、暫くは無言で食べ終わったお弁当を片付けていたが、それなりに大きなため息をついて「しゃーないな」と言ってくれた。

「ありがと、なんか奢るね」
「じゃあ鰻が食べたい」
「それは無理やなぁ……」

御堂筋くんの言葉を苦笑したが、御堂筋くんもただの冗談だったのかそれについては何も言ってこなかった。
その後の話し合いにより、平日の放課後は部活があるので今度の土曜日に教えてもらうことになった。土曜日は部活は午前中だけで、昼からは休みなのだ。

「一日で終わらせるで。日曜は教えんからな」
「……うーん、頑張ります」

出された課題を思い出して、一日で終わるだろうかと不安になったが、とりあえず頑張ると返事した。

過去の事以外で御堂筋くんをほとんど知らないことを自覚していた私は、今日だけでも御堂筋くんのことをちょっとだけ知れたような気がしていた。
作ってもらったお弁当のこと、美味しいと言ったときの表情、嫌々ながらも化学を教えてくれるといった優しさ。
恋愛的に好きになりたいとかそういうのではないけれど、私はなんとなく、御堂筋くんのことをもっと知っていきたい、と思っている。
そのための一歩を、今日はそれなりに踏み出せたのではないだろうか。たぶん、だけれど。

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -