生温い空気が頬を撫でる。眩い日差しは私達二人をゆっくりと焼いていく。
私は服の袖で顔を伝う汗を拭いながら、照りつける太陽を少しだけ恨めしく思った。

「暑いな」

先ほどの会話が終わってから続いていた沈黙を、御堂筋くんが破る。御堂筋くんは七分袖くらいの黒いシャツを着ているのだから、そりゃあこの蒸し暑い八月には「暑い」としか言えないだろう、と思う。けれどそれは口にせず、私は「暑いね」と彼の言葉を繰り返した。

「もうすぐ夏休みも終わるのに、涼しくなる気がせんよね」
「残暑厳しいんとちゃう」
「えええ……何それめっちゃ嫌や……」

この暑さがもう暫く続くことになると思うと、嫌な気持ちしかしなかった。暑い夏、という謳い文句が付いていいのはインターハイが開催されるころまでで良い。それ以降惰性で気温を上げられても、こっちはだれてしまう。
はああ、と割と大きめのため息をつきながら項垂れると、御堂筋くんは小馬鹿にするようにププ、と少しだけ笑った。軟弱者だと言いたいのだと思う。
何か言い返してやろうと思ったのだが、この暑い中それなりに暑い格好で、しかもロードバイクに乗ってここまで来たらしい御堂筋くんに言い返す言葉なんて正直思いつかなかった。

「……まぁ、そりゃ御堂筋くんに比べりゃかなり軟弱やけど」

頬を膨らませながら言うと、御堂筋くんは当たり前やろ、と吐き捨てる。

「みょうじさんよりボクが軟弱な訳ないやろ。みょうじさん以下とか嫌やわぁ」
「もうちょいオブラートに包んで言ってくれんかなー……」
「嫌や」

御堂筋くんのあまりにもはっきりとした答えに、思わず苦笑した。結構冷たい言葉ばかり使われているのに特に嫌な感じがしないのは、私がもう御堂筋くんの態度や言葉遣いに慣れてしまったからなのだと思う。

話しておかなければならないことは、もう無くなった。私はベンチから立ち上がり、特に汚れてはいないと思うがお尻の辺りをぽんぽんと払う。そして立ちっぱなしだった御堂筋くんに向き直る。

「そろそろ帰ろかな」
「さよか」

そんな短いやり取りをする。私が出口の方へと歩き始めると、御堂筋くんももう病院に用はないのか私の後ろについて歩いた。
病院の中庭から出口までの距離はそれほど長くない。割とすぐに辿り着いてしまう。

「今日、何で来たん」
「最寄り駅からは歩きやで」
「……遠いから帰りはバスで帰りや」

出口にて、御堂筋くんと会話をする。時間に余裕が無いわけでもないので帰りも歩こうかと思っていたのだが、御堂筋くんにバスをお勧めされてしまったからにはバスで帰らなきゃいけないような気がする。バスはお金かかるからなぁ、と呟くと、歩きは無謀やと呆れられた。

「御堂筋くんはロードで帰るん?」
「そらそうやろ、ロード持ってバス乗る訳ないやん」
「まぁ、そやけど。……この病院の辺り、練習ルートにしとるん?」
「別に。今日はただの気まぐれや」
「そっか」

ぼそりと、御堂筋くんは気まぐれだと言った。私も今日、ここに来たのは気まぐれのようなものである。そう思うと、お互いのただの気まぐれでここで出会えたのは、偶然なんかで片付けちゃいけないなと感じる。運命だとか言うと御堂筋くんは呆れるか鼻で笑うかすると思うので、言わないでおくけれど。

「みょうじさんがほんまにバスで帰るか見届けなあかんからバス停まで行ったるわ」
「えぇー……そこまでせんでええよ」
「そしたら歩きで帰るやろ、守銭奴が」
「酷い言い草」

守銭奴なんて初めて言われた、と憤慨してみせたけど、御堂筋くんは特に気にした様子もなかった。当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
バス停に着くと、並んでいる人は誰もいなかった。時刻表を見た限りバスはつい先ほど出発してしまったようで、次に来るのは15分後だと記されている。これだからバスは嫌なんだ、という気持ちが顔に出ていたのか、御堂筋くんは「歩きよりはマシや言うてるやろ」とため息をついた。ため息をつきたいのはこちらだと言いたくなった。

「歩きやと御堂筋くんに止められるし、バスはなかなか来ないし……私も自転車乗ろうかな」

ぼそりと言うと、御堂筋くんがこちらを見る。

「みょうじさんロード乗れるん」
「いや、乗ったことはないけど……でも好きやし、レースに出んけど日常生活で乗りたいなって。叔父さん叔母さんにお金出してもらうんは申し訳ないから買ってないけど、もうすぐ貯めてたお年玉やお小遣いで買えそうなんよ」
「なるほどなァ」

御堂筋くんはぼんやりと空を見ながら返事をした。そして数回瞬きをして、あいも変わらず空を見上げながら声を出す。

「フレームが小さいんがあるデローザがええか」
「御堂筋くんのやつやね」
「いや……デローザは高いな。初心者で乗れたらええだけやったら安いんでええか。ジャイアントやったら10万切ってるのも幾つかある」
「……なるほど」
「キミが乗りこなせるかは知らんけどな」

御堂筋くんは少しだけ饒舌になって、ロードバイクの情報を教えてくれた。それが何だか嬉しくて笑うと「気持ち悪ぅ」と相当顔を顰められたけど、イエローのロードバイクが良いと言うと御堂筋くんも少なからず微笑んだ。

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