次の日、部活は休みだった。
昨日の夜に石垣先輩と話してから「御堂筋くんと会って話さなきゃ」と思っていた私にとって、今日の部活が無いことは歯痒かった。けれど、無理に急いても仕方が無い。そう思った私は、最近抱えていたもやもやとした気持ちを払拭するために、カバンに携帯と財布だけ突っ込んで当てもなく外を出歩くことにした。
行ってきます、と声をかけると、家事をしていた叔母さんが手を止めて「どこか行くの?」と尋ねてくる。「ちょっと適当にぶらぶらしてこようかなって」「お昼ご飯は?」「外で食べるからいいや」「分かったわ」とそんな会話をして、遊びに行く時によく履く靴に爪先を滑り込ませた。

外はそれなりに晴れ渡っていて、八月下旬のため結構気温が高い。べたべたと汗でまとわりつく髪を払いながら、暑いなぁ、と独り言を呟いた。
二十分ほど歩くと、高校が見えてきた。グラウンドをちらりと見やると、どうやら何かしらの運動部が練習をしているようだった。汗水流して活動している様子を見て、いいなぁ、と少し思う。私自身がペダルを回すわけじゃないけれど、やっぱり部活がしたいのだ。
とりあえず、部活は明日まで我慢だ、と心の中で折り合いをつける。そして高校を通り過ぎて、本格的に当てのない散歩が始まった。
スーパーに寄って飲み物を買ったり、本屋に入って文庫本を立ち読みしたり。
歩いて行ける範囲は行き尽くしたあと、ふと思い立ち、近くの駅に入り込む。定期券などは持っていないから券売機で切符を買い、改札を抜けてホームへと向かった。
丁度よくホームに来た電車に乗って、空いている席に座る。一応夏休みだというのに、私の乗った電車は人がそれほどいなかった。恐らく、これから向かう方向にレジャー施設やショッピングモールなどが無いからだろう。そう勝手に納得する。この電車が向かう先は、どちらかというと田舎の方だ。けれど、何にもないわけじゃない。

「……ふう」

カバンから飲み物を取り出し、一口飲む。
電車が動き出して、窓の外の景色がゆっくりの流れはじめた。乗り物酔いするといけないのでできるだけ遠くの景色を見つめながら、小さく息を吐く。しばらく電車に乗っていなかったので、がたごとという音や揺れがなんとなく懐かしく感じた。
電車が駅で止まるたび、何人かの乗客が降りていく。そして、電車の中の人の数はだんだんと減っていく。何回かそれを繰り返す。そうして、私の目的地へと近付いていく。
車掌さんの何回目かのアナウンスで、聞き覚えのある駅名が聞こえてくる。私は飲み物をカバンにしまいこみ、カバンの内ポケットに入れておいた切符を出して握りしめた。
電車から降りて、改札を出る。そこには少しだけ懐かしい景色が広がっていた。朧げにしか覚えていないけれど、私は確かに以前、この辺りに訪れたことがあった。

「えっと……」

駅にある案内板を見て、目的地への道のりを確認する。念のため駅員さんに聞くと、この駅から目的地までは歩いて一時間ほどだと告げられた。それでも歩けない時間ではないし、今日は暇なのだから、と考え、てくてくと歩き始めた。バスも出ていると教えてくれたけれど、なんとなく、今は歩きたい気分だった。

夏の日差しの下、私は黙々と歩いた。そうしているとだんだんと、目的地が見えてくる。
比較的大きくて、白い建物。
数年前に最後に訪れて以来、来ていなかった病院だ。
ここは数年前の事故の直後、私達家族が運び込まれた場所。
そして、「翔くん」と出会った、忘れられない場所でもあった。
私は病院をぼんやりと見つめて、そしてあることに気付き、浅く息を吸う。

「……見間違い?」

思わずそんな独り言が漏れてしまう。そして一度目をぎゅっと瞑り、そして開いたが、それでも見間違いなんかしていなかった。
まさか、と思う。一歩、また一歩と病院へ足を向かわせる。
病院の中庭は、通院している人以外も入れるようになっていた。そこへ私は早歩きで、最後の方にはもう駆け足で向かっていた。

中庭には、数年前と同じように、御堂筋くんがいた。

いつも乗っているロードバイクをあの日座っていたベンチに立てかけて、そしてその脇に御堂筋くんが立っている。
中庭へと走る私を、御堂筋くんは一瞬だけ驚いたような目で見た。そりゃそうだろう、示し合わせたわけでもないのに、学校や家から遠く離れたところで会ったのだから。現に私だって驚いている。
なんでこんなところにいるのだとか、いつも来てるのかとか、聞きたいことがたくさんある。
けれど私は、それらの言葉をぐっと飲み込んだ。

「御堂筋くん」

御堂筋くんを見ながら、私は彼の名前を呼んだ。
彼は数度瞬きをする。
そして私は、深く息を吸い込んだ。出来るだけ優しい声で、できるだけはっきりと、言おう。そう思った。

「御堂筋くん。昔の話を、しよう」

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