「そんで、どうかしたんか?」

コップに入った氷水を少し口に含んだ後、石垣先輩は私に尋ねる。
今、私達は学校近辺にあるファミレスで注文した料理を待っているところだ。石垣先輩に「何かあったのか」と聞かれた後に首を縦に振った私は、石垣先輩によってここに連れてこられた。どうやら相当疲れているように見えたらしい。

「そんな、大したことでもないんですけどね」

半笑いを浮かべながら、私も同じようにコップに入った水を一口飲む。そして手元のメニューにある「チーズインハンバーグ デミグラスソースがけ」の文字を意味もなくなぞった。けれど私のそんな誤魔化しに、石垣先輩は引っかかってはくれない。

「大したこと無さそうな顔ちゃうで」
「そんなに顔に出てます?」

最初にしんどそうだと指摘されたときの返答と同じ言葉を、冗談っぽく言う。それに対して先輩は、至極真面目そうに「あぁ」と返した。そんな石垣先輩の様子を見て、つくづく私は取り繕うのは苦手なのだろうなと実感する。相手がノブ先輩とかなら、取り繕ってもばれない自信はあるのだけれど。
冷たい水の入ったコップを包み込むようにして持って、その状態のまま少し上を見上げる。

「大したこと……ないことは、ないんですよね」

ぼそり、と呟くように言う。それはほぼ無意識だった。
私の言葉を聞いて、石垣先輩はやっぱりか、とても言うように少しだけ微笑んでみせた。
それから程無くして、石垣先輩と私の注文した料理が運ばれてくる。石垣先輩はパスタとサラダ、私にはさっきメニュー名をなぞっていたチーズインハンバーグ。料理が冷めてはいけないからということで、私の話は一旦中断。そしてとりあえず、運ばれてきた料理を食べる。
あつあつのハンバーグを口の中に放り込むと、何とも幸せな気持ちになる。さっきまでもやもやと心の中を侵食していた悩みからも、このときばかりは解放される。どうやらロードバイクをいじっているときと同じくらい、温かい料理を食べることは私を幸福な気持ちにさせてくれるらしい。目の前で食事をしている石垣先輩も、受験勉強で疲れているだろうに、食事のときは幸せそうだ。

「……そういえば、先輩方と一緒に食事をするのって、今まで無かったことですね」

ふう、とあつあつハンバーグに息を吹きかけながら、私は言う。するとパスタをもぐもぐと咀嚼していた石垣先輩も、ごくん、と口の中にあったものを飲み込むと「そういえば……そうやなぁ、初めてやな」と数回瞬きをしつつ答えた。

「去年とかはあったんやけどな、部員同士で飯に行くとか」
「そうなんですか。やっぱ今年は雰囲気、違いますよね」

御堂筋くんの部活での独裁者っぷりを思い出しつつそう言うと、先輩は苦笑してみせた。どうやら彼も、同じものを思い出しているのだと思う。

「まぁ御堂筋自体、人と飯食ったり馴れ合ったりするん嫌いそうやしなあ」
「ですよね。……あ、でも私、一回だけ御堂筋くんと一緒にお弁当食べたことあります」

ふと、インハイ前の頃が頭に浮かんだ。確かインハイでの作戦が書かれた紙を、御堂筋くんに渡されたとき。あのとき、一緒にお弁当を食べた。一緒にというよりは、同じ空間で、近くにいながら別々に食べた、という方が近いのかもしれないけれど。あまり会話をしなかったことだし。
石垣先輩を見ると、少し驚いたような顔をして、こちらをじっと見ていた。

「みょうじさん、御堂筋とご飯食べたことあるんや」
「あります、けど……あんまり話さなかったし、御堂筋くんは勝手にすれば、って言いたげでしたよ?だから、仲良くご飯を食べたってわけでもないんです」

そう言いながら、ナイフで切ったハンバークをフォークで刺す。そして口の中に入れ、もぐもぐと効果音でもつきそうなくらいゆっくりと噛みしめた。そんな私を見ながら石垣先輩は、「そらそうやろうけど……」と言いつつ何かを思案しているようだった。

「そら、仲良くご飯食べとる御堂筋は想像でけへんけど……それでも、御堂筋が誰かと一緒に飯食うなんて、それはだいぶ心を許した相手じゃないとでけへん事なんちゃうか?」

そう、石垣先輩は言う。
とても真剣な顔をしながら言うものだから、今度は私が驚いた顔をする番だった。

「……御堂筋くんが私に、心を許してるっていうんですか?」

驚きつつも、冗談交じりで言う。とてもじゃないが信じられなくて、真面目なトーンで声を出すことが憚られたのだ。しかしそれにも石垣先輩は、とても真剣な声で、とても真剣な表情で答えた。

「俺は、そうやと思ってる」
「……なんで、そう思うんです?」

最後の一口となったハンバーグに手を付けること無く、私は石垣先輩に問いかける。
もし御堂筋くんが私に心を許してくれているなら、それは、とても嬉しいことだ。けれど、私との過去に気付き、私にそれをそれとなく伝えて、そしてこちらが仕掛けると私を避けるようになった彼は、とても私に心を許しているようには思えない。
でも私は、石垣先輩がそう思う理由を聞きたかった。心のどこかで、御堂筋くんが私に心を許してくれているのではないかと信じたかったのだと思う。

「みょうじさんも、分かっとると思ってたけど」

石垣先輩は、氷水を一口飲んで、ふ、と笑った。

「色々あるで。みょうじさんだけが部員を苗字や番号で呼ばんでもお咎めを受けんかったり、みょうじさんが部の買い出し行くときに御堂筋もついていったり。インハイ一日目の夜には特に用事もないのにみょうじさんを探したり……それに」

それに、と言葉を切って、石垣先輩は私の方を見据える。

「インハイ二日目の夜。……俺らが何を言っても動かんかった御堂筋が、みょうじさんの言葉で立ち上がった」

その言葉で、その日の夜のことがまざまざと思い返された。
いつもより覇気がなく、沈んでいて、ぴくりとも動かなかった御堂筋くん。私はどうすればいいのか、どう声をかければいいのか分からなかった。だから咄嗟に頭を撫でて、咄嗟に言葉が口をついて出た。それが正解だったのかは分からない。でも御堂筋くんは確かに立ち上がって、そして翌日もレースに出場した。

「インハイ三日目に御堂筋が出れたんは、みょうじさんの力だけじゃないかもしれんけど、絶対にみょうじさんのおかげもあると思ってる。あの時、確信したんよ。みょうじさんは御堂筋にとって特別なんやって」
「特別……」

特別、と口に出して、なんだかむず痒いような感覚になる。
私が御堂筋くんにとって、特別。石垣先輩の言葉を聞いていると納得してしまいそうになるけれど、御堂筋くんの特別な存在が私だなんて、俄かには信じ難かった。御堂筋くんは初対面なんて威圧感出しまくりで、御堂筋くんの過去について少し知ってしまったときの彼もかなり怖くて、私との過去に気付いてそれを指摘してきたときの彼にもぞっとして。
……けれど、四月から今までのそんな出来事を思い返すうちに、他の出来事も一緒に思い出す。
さっき石垣先輩が言ったように、私だけは部員をどんな呼び方で呼んでも彼のお咎めを受けなかった。買い出しにもついてきてくれた。
梅雨のときには、嫌々ながらも私の貸した傘を使ってくれた。
勝手にしろというオーラを出しながらも、一緒にお弁当を食べてくれた。
御堂筋くんとの間にすれ違いが生じたときも、謝ればちゃんと許してくれた。
インハイ一日目の夜には、用事なんてないのに一緒に過ごした。
二日目の夜には、私の言葉で、立ち上がってくれた。
私自身も、思ったはずだ。一日目の夜一緒に過ごしてくれた御堂筋くんは私を「友達」だと思ってくれているんじゃないか、と。感情や友情を良しとしない彼だけど、私と話そうと思ってくれたのではないか、と。今思えば、あれは「友達」というより「特別」だったのだろうか。そんな気がした。

「で、みょうじさんが今頭を悩ませてることも、御堂筋のことやろ」

柔らかな笑みを浮かべながら、石垣先輩は確信を持っているようにそう言った。私は最後一口のハンバーグを口に入れ、そしてそれを飲み込んだ後、「なんで分かるんですか?」と聞く。

「勝手なイメージやけど、みょうじさんがなんか悩んでるときって、大抵御堂筋関連の気がしてるんよな」
「……それ、確かに間違ってないです。確か前も御堂筋くんのことで、石垣先輩に相談しましたよね」
「そんなこともあったなぁ。まぁ、可愛い後輩ふたりやからな」

石垣先輩の言う「可愛い後輩」で私と御堂筋くんがくくられているのが何となく変な感じがして、くす、と笑い声を漏らした。

「……で、多分やけど、今回の悩みの解決方法は、もうみょうじさん自身が分かってるんとちゃう?」

少しだけ残っていたパスタをくるくると器用にフォークで巻きながら、先輩は言う。そして、パスタをぱくんと口に入れる。
それを見ながら、私はこくりと頷いた。
具体的な解決方法が思いついたわけではない。でも、何かしないではいられない。
私と御堂筋くんの間には、お互いが理解していないことが多すぎる。現に、石垣先輩には分かっていたのに私には分かっていなかったことが、いっぱいあった。
だから、それを知らなくてはいけない。
御堂筋くんのように、指摘するだけではいけない。
私のように、仕掛けるだけでもいけない。

私と御堂筋くんは、話さなければ、いけない。

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