夏休みももう後半に差し掛かった。テレビでは、今日明日にかけて帰省ラッシュで高速道路が混み合っているとかなんとか言っている。どうして皆お盆になると一斉に帰省しだすのだろう、面倒だから帰省は正月くらいで良いんじゃないか。けれどまぁ、かく言う私も中学三年生までは毎年お盆に父方の実家と母方の実家に遊びに行っていた。今年も行くつもりだったのだが、御堂筋くんの事だからお盆も部活を入れるだろうと予想してお盆の予定をまるまる空けておいたのだ。だから今年は叔母さんと叔父さんが父方の実家に帰省し、母方の実家にはお盆と時期をずらして日帰りで私一人で行くこととなった。少し煩わしいけれど、これはもう致し方ない。
ちなみに、お盆に部活があるという連絡はまだ来ていない。部活自体が無いのか、マネージャーが必要ないのか。それ自体微妙である。

「あっつ……」

テレビから流れる交通情報を聞き流しながら、扇風機の前で声を漏らす。叔母さんと叔父さんは帰省のために今日の朝から家を出て四日間ほど帰ってこないので、現在家には私しかいない。一人だからとエアコンを付けるのを渋っているが、さすがに昼が近づくにつれて暑くなってきた。
そういえば、そろそろお昼ご飯を食べなくてはいけない。そうめんは家にあるはずだから、何かお惣菜を買わなくては。そう思いながら重い腰を上げて扇風機の前から離れ、テレビを消して財布と鍵を掴んだ。



サラダと唐揚げ、豆乳、それからアイスをカゴに入れて会計を済ませる。それらをレジ袋に入れてスーパーから出ると、駐輪場のあたりに見慣れた姿を見つけた。

「御堂筋くん」

少し離れたところから声をかけると、飲んでいたペットボトルを口から離してこちらを向いた。ぽたりと、顎から汗が伝っている。

「みょうじさんか」

誰かと思うた、といつもの面倒そうな顔で私を見て、そして言う。見間違うはずなんてないけれど、それを聞いて「やっぱり御堂筋くんだ」と思った。

「買い物したん?」
「飲み物買ったって見れば分かるやろ」
「まぁ、そやけど。御堂筋くんがスーパーて珍しいなと思って」
「自販機より安う済むからな」

言いながら、御堂筋くんはまたペットボトルに口をつける。ペットボトルのパッケージは、有名なメーカーのスポーツドリンクだった。それを飲みながら彼は、ふぅんと返事する私が提げているレジ袋を見た。

「みょうじさんは何買ったん」

とりあえず、会話を繋ぐためだけに言ったのだと分かるような口調だった。それでも、御堂筋くんが私の行動に興味を示すのは珍しい。御堂筋くんも人間なんだなぁ、と思いながら私は袋の中に入っている物の名前を口に出した。

「昼飯なん?主食無いやん、バランス悪ぅ」
「家にそうめんあるから、それ茹でよう思て」
「はぁ」
「ほんとは買いに来るんも面倒やったんやけど、今日は家族が帰省しとるし私もそんなに料理出来んからお惣菜だけ買ったんよ」
「聞いてへんし」

そう言いながら御堂筋くんは、飲み終わったペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。カコン、とゴミ箱の中で軽い音がしたのを聞くと、それを合図にして御堂筋くんはデローザのハンドルを握る。そのままの勢いで乗っていくのかと思ったが、彼はロードバイクを押して歩き始めた。
私はそれを不思議に思いながら、御堂筋くんの歩く先が私の家路と一緒なのでそれについていく。

「ロード乗らんの?」

聞くと、御堂筋くんは後ろを歩く私を振り返る。かんかん照りと言われる日差しの中で汗が伝うのは当然だけれど、御堂筋くんがそうなっているのを見ると、ひどく人間らしさを感じた。

「いつでもなんも考えずに乗っとる訳ちゃうで」
「まぁ、そりゃそうやろと思うけど。じゃあ今は足休めとるん?」
「そんなもん」

あとそろそろ昼飯の時間やから家帰る、とついでのように御堂筋くんは言う。それなら途中まで帰り道は一緒だな、と思った。
少し前を、ロードバイクを押した御堂筋くんが歩く。その後ろで、私は歩く。前にもこんな事あったなぁと思うと同時に、けれど前はこんなに暑くなかったな、と太陽を睨んだ。
せっかく買ったアイスも、どうせ家に帰る頃には柔らかくなってしまっているに違いない。

「みょうじさん」

先を歩く御堂筋くんが、私の名前を呼んだ。

「なあに」
「帰省しとるんて、ご両親か?」
「……私以外の家族全員やよ」

御堂筋くんの質問に、私は一瞬声を詰まらせた。御堂筋くんがこんな風な世間話を振ってくるなんて、本当に珍しい。けれどそんな世間話に、私はすぐに答えることができなかった。
私の両親はこの世にはもういなくて、父方の叔母さんと、その結婚相手の叔父さんに世話をしてもらっている。しかしそれを説明するのは少し抵抗があったし、何より「両親がいない」ということで御堂筋くんが過去に私と出会ったことを思い出してしまうかもしれないと思った。だから少しぼやかして、でも嘘ではない答えを御堂筋くんに提示する。

「はぁ」

興味なさそうに御堂筋くんは私の言葉に返事する。深く突っ込まれなかったことに安心しつつ、レジ袋をゆらゆらと揺らしながら歩く。

「暑いね」
「せやな」

独り言になるだろうと覚悟して言ったが、どうやら先を歩く御堂筋くんに聞こえていたようで、彼は短く答えた。
それきり私達は何かを言うこともなく、炎天下の中ゆらゆらと歩いた。

私の家が、だんだんと近づく。
周りの住宅とさほど変わらない、普通の一戸建て。
ゆっくりと歩いているが、着実に家までの距離が縮まっていく。この暑さから逃れるために、早く家に入って扇風機の風を浴びたかった。だがここで御堂筋くんを追い抜いて家に入るわけには、どうしてもいかなかった。御堂筋くんには、どの辺りに住んでいるのか知られても一向に構わないが、どの家に住んでいるのか知られたくなかったのだ。
家を通り過ぎて、数メートルほど歩く。そこで私は、しばらくぶりに御堂筋くんに声をかけた。

「御堂筋くん、私の家この辺やから、またね」

レジ袋を持っていない方の手を、軽く挙げた。振り返った御堂筋くんは「おん」とだけ呟く。そしてそれだけ言うと、またくるりと前を向いた。それを確認して、私は身を翻す。また不意に御堂筋くんがこちらを振り向いてしまう前に、早く家に入ってしまおう。そう思って一歩、踏み出した時だった。

「ーーみょうじさん」

背後から、御堂筋くんの声が聞こえた。
驚いて思わず振り返ってみたが、彼はこちらを向いておらず、ただ前を見て話している。

「な、なに?」

出した言葉は、詰まってしまった。しかし声音は何とか、いつもと同じように出せていると思う。
顔の見えない御堂筋くんに問いかけると、彼はまた、声を出した。
からからに晴れた空の下、陽炎がゆらゆらと揺れた。



「なァんかボクに、隠してること、あるやろ」

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