私は目の前の人物をしばらく呆けた顔で見ていた。会って話が出来ればと思っていた人物が目の前にいるので、まだ夢を見ているんじゃないかと疑っていたからだ。けれど起きた時に感じた痛み(恐らく日誌を顔に落とされたのだろう)を思い出し、夢を見ている訳じゃないことにやっと気付く。

「……おはよう、御堂筋くん」
「昼やけどな」

私がやっと声を出すと、御堂筋くんはふんと鼻を鳴らして言い放つ。御堂筋くんだって私が起きた時におはようと言ったじゃないか、と反論したくなったけれど、寝ぼけ眼のまま攻撃的な言葉を吐くのも面倒だったのでやめた。
頭から落ちた日誌を手に取り、ベンチの端っこに置く。物を顔に落として起こすなんてバイオレンスな起こし方だ。でも御堂筋くんが普通に起こしてくれるところが想像できずに、そのバイオレンスな起こし方が一番御堂筋くんらしいと納得してしまった。
きちんと体を起こすと、背中が汗でびっしょりと濡れていた。こんな暑いところで寝ていたのだから仕方ない。ぱたぱたとTシャツの首回りを掴んで扇ぎ、風を送りながら私は問う。

「そういや御堂筋くん、なんでここに?」

首を傾げながら聞くと、首がパキパキとと音を立てる。どうやら、ベンチで眠った所為で肩が凝ってしまっているらしい。ベンチで眠った代償はこんなところにも出ている。傾げたついでに首を回して音を鳴らしている私を見て、御堂筋くんはため息をついた。

「みょうじさん、自由やな」
「そうかな」
「そうやて」

御堂筋くんがため息をつくのは珍しい気がする。どちらかといえば、二人で話している時にため息をよくつくのは私の方だ。御堂筋くんの目にはそんなに私がフリーダムに生きているように見えたのかと思うと、なんだか変な気分になる。
私が眉根を寄せてそう考えていると、御堂筋くんはドアの方を指差した。ドアの近くには御堂筋くんのロードバイクが立てかけてあるようで、それもちらりと見えた。

「学校近くを走りよったら、部室のドアが開いとるんが見えて」
「あぁ、換気のために開けたんよ」
「人がおるようにも見えんかったから、閉め忘れたんかと思て来たらぐーすかみょうじさんが寝とったんや」
「……あー、なんかごめん」

どうやら御堂筋くんは気を遣って部室まで来てくれたらしい。そこで私がベンチでぐうぐう眠っていたものだから、拍子抜けしただろうな。御堂筋くんが私を自由だと言ったのはそのことが原因なのだと気付き、納得せざるを得なかった。

「せめて寝るんやったら家帰ってから寝ろ。ここで寝よって襲われても知らんで」
「襲われんって。御堂筋くん心配症や」
「ザク共は大丈夫やろけど、他の部活の脳みそまで筋肉で出来とる奴等には気を付けろ。いくら貧相なみょうじさんでも」
「……何気私を貶めてない?気のせいなん?」

貧相て、と私が顔をしかめると、御堂筋くんはププーと独特な笑い声をあげた。
そんなやりとりでも、インターハイ後初めての、私と御堂筋くんのやりとりだ。そう思うと、こんなどうでもいい会話を普通に出来ていることがなんとなく可笑しく思えて、少し笑ってしまった。

「何笑てるん?みょうじさん意味分からんわぁ」
「んー、自分でもよく分からんわ」
「なんやそれ」

御堂筋くんはいつも通り、私に向かって呆れたような、面倒臭そうな顔を向ける。なんだかそれが久しぶりに思えて、インターハイ前と変わらずその表情が向けられていることに安心した。
御堂筋くんは、寝ぼけ眼だった私の意識がはっきりしてきたことを確認すると、もうここに用はないと言わんばかりに背を向けてドアの方へ歩いていった。ドアは私が最初に開けた時から開いたままだ。

「またどっか走るん?」
「当たり前やん。ここでお喋りするくらいならペダル回す方が為になる」

嫌味げな言い方だけど、それが御堂筋くんという人物だ。インターハイで心が折れていないか、ほんの少しだけ心配していたけれど、どうやらそれは杞憂だったらしい。
それなら良いんだ、と息を吐く。
外へ向かう御堂筋くんの背に、声をかける。

「御堂筋くん」
「なんや」
「インターハイ、おつかれさん」
「おん」

おんって何だろう、うんとおうと中間だろうか。以前も思った事を頭の中で繰り返しながら、私は夏の終わりを感じていた。

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