※インターハイ三日目結果ネタバレ有











蝉の声が、五月蝿い。
まだまだ夏は終わらないということを、その音で思い知った。けれど、まだ終わらない「夏」は季節的なものであり、私達の想いを乗せて走った「夏」は一旦幕を閉じていた。
先日のインターハイ三日目。御堂筋くんはコースアウト、そしてリタイアをした。その時私は御堂筋くんが走っていた場所とは距離の離れたところにいたから、彼が一体どのように、どのような表情をしながら、どのような思いを抱えながらリタイアしたのかは知らない。そしてレースが終わってからも京都に帰ってからも御堂筋くんとは話していないので、彼の現在の様子もよく知らない。避けられているのではなく偶然言葉を交わす暇が無かっただけなのだけれど、インターハイ三日目の朝以降何も話していないとなると若干不安になる。そんなもやもやとした不安をかき消すために、今日は部活が休みなのにも関わらず、私は部室へと足を運んでいた。
高校自体は夏休み中なので、普段より人影が少ない。グラウンドや体育館で練習をしている運動部もあるから人がいない訳ではなかったが、それでもいつもと比べると静かだった。乾いた地面を踏みしめて歩く。そして自転車競技部の部室の前に辿り着くと、部室の鍵を取り出してドアノブに差した。くるりと回すと、カチャ、と小さな音を出して鍵が開く。そしてドアを開くと、かすかに埃の匂いがした。

「あっつ……」

埃の匂いと同時に、篭った暑さも感じる。インターハイに行っている間ずっと閉め切っていたのだから無理もないか、と思いながら歩を進め、窓を開ける。暫くはドアも開け放して、換気をした方がいいだろう。
簡単に埃の掃除をしてから、私はベンチに座って部室に置かれているロードバイクのホイールをぼんやりと見つめた。
私はロードバイクが好きだ。ロードバイクを見るのも、メンテナンスで触るのも、誰かがロードバイクに乗っているのを見るのも。残念ながら自分自身がロードバイクに乗ったことはないが、きっと一回乗ったら虜になるだろうと思う。そのくらいのレベルでロードバイクが好きなので、今のようにロードバイクやその部品を見ながらぼうっとする時間は私にとって至福の時間であった。普段の部活ではとてもぼうっとすることなんて出来ないから、ごく稀にしか訪れない至福の時間だ。確か以前心が疲れてしまった時も、ロードバイクのメンテナンスをすることによって心の平穏を保っていた記憶がある。だから今日も気晴らしにメンテナンスをしようとして来たのだが、メンテナンスをするべきロードバイクが無いようだったのでこのようにぼうっとすることにしたのだ。
ロードバイクを見てあれこれ考えるのではなく、なんとなく「いいなぁ、乗りたいなぁ」と思いながらただ見つめる。生産的な行為ではないので自分でもどうかと思うが、幸せなら良いかと思うことにしている。

「……あ、埃」

誰もいないのに、思わず声を出す。見つめていたホイールに、ほんの少し埃が積もっていた。ジャージのポケットに突っ込んでいたポケットティッシュから一枚取り出して、手早く拭き取る。そしてそれを、部屋の隅にあるゴミ箱の方に投げた。少し距離があったからか外してしまったので、拾って近い位置から捨て直した。
ティッシュ越しとはいえホイールに触れた手を、見つめる。飽きるほどロードバイクを見ているから分かり切ったことだったが、ホイールは大きくて、細かった。そんな半端な特徴から、ふと御堂筋くんを思い出す。そして御堂筋くんを思い出したことにより、私は自嘲の笑みを浮かべた。

(御堂筋くんの事でもやもやしたくないからここに来たのに)

ロードバイクを見て気分転換するつもりだったのに、また脳みその中に御堂筋くんがいる。馬鹿だなぁと思いつつも、御堂筋くんを脳みその中から追い出すことはしなかった。それは体力がいることのように思えたからであり、ちょっとした不安を抱えることくらい我慢すればいいかと諦めたからでもある。
私は短く息を吐いて、ベンチに横たわった。
御堂筋くんと話せたら、色んな不安も消えるだろうに。
いつもは教室に行けば、部室に行けば会える御堂筋くん。そんな御堂筋くんと暫く話していないのは、少し距離を置いていた時以来だ。暫くと言っても二日三日というレベルだから気にするほどではないはずなのだが、インターハイ直後という時期のため、私も色々と敏感になっているのかもしれない。
ベンチに横たわったまま、コンクリートの壁をぺたぺたと触る。壁はじわじわとした熱さを持っていて、あぁまだ夏なんだなぁ、と実感させられた。


べし、と鈍い音をたてながら私の額に何かがぶつかる。その衝撃に思わず目を開けて起き上がると、私の頭上からそれなりの分厚さの日誌が転がり落ちてきた。なんでこんなところに日誌が……と回らない頭で考えていると、またもや頭上から、今度は実体を持たない声が転がり落ちてくる。

「おはようさん、みょうじさん」

声のした方を見上げると、そこには御堂筋くんが立っていた。

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