ベンチの上、20センチの間隔。
それに既視感を覚えながらも、私は何も言わず御堂筋くんの方を見る。御堂筋くんは私の方を見ることなく、正面を向いてどこか遠くを見つめながら口を開いた。

「ボクは世界に羽ばたくような子なんやて。やからインターハイの結果で一喜一憂したりせんよ」
「……全然?これっぽっちも?」
「ぜぇんぜん」

念押しのように聞くと、御堂筋くんは首を横に振りながら淀みない声で答えた。御堂筋くんの顔を見ながら聞いていたのだが、彼の表情は不自然に歪んだりしなかった。それを見ると、決して強がりを言っているのではないことが分かる。御堂筋くんは本当に、今日の結果に対して喜びとか嬉しさとか、そういうものを感じていないんだ。ただただ、当然の事だと思っているだけで。
私は手の中にある細い缶を弄びながら、何の気なしに声を出す。

「それって虚しくないん?」

御堂筋くんの瞼が、一回だけ瞬く。
愚問だったなと言った直後に思ったけれど、その質問を取り消すのも面倒で、私は何も言わずに御堂筋くんの言葉を待つ事にした。恐らくまた面倒そうな声か馬鹿にするような声か蔑んだ声で、何かしら言われるんだろう。そう思って暫く黙っていたが、その暫くの間、御堂筋くんは何も言わなかった。

「……御堂筋くん?」

御堂筋くんの顔を見ながら、小声で尋ねる。すると御堂筋くんはもう一度瞬きをして、そしてようやく、隣に座って初めて私の顔を見た。
星が綺麗に光っているものの、その光は地上にいる私たちにとっては頼りない。近くにある電灯以外確かな光源は無いので、御堂筋くんの顔は暗闇に浮かんでいるように見えて、ちょっとだけ不気味だった。

「虚しいとか、嬉しいとか、そんなんいらんのや」

そんな不気味そうに見える御堂筋くんは、ぽつりと、彼らしくない声音でそんな言葉を吐き出した。
私は缶を弄ぶ手を一旦止めて、浅く息を吸って、続く御堂筋くんの言葉を待った。

「虚しいとか嬉しいとかって、感情やろ。感情ってもんは重いんよ」
「……重い?思い?」
「重いんよ。重いから、そんなん背負っとったら遅うなる」

御堂筋くんの言葉を聞きながら、私は御堂筋くんより出来の悪い頭で考える。
感情は質量のあるものじゃない。だから、御堂筋くんの言う「重い」は比喩である。速く走るためには邪魔になってしまうだとか、重荷になるだとか、そういうことなのだと思う。けれど、「そういうことだと思う」だけで、私はやはり御堂筋くんの言葉の真意が分かっているとは思えなかった。意味していることはだいたい合っているような気がするものの、御堂筋くんの言葉の奥に潜んでいる含みのようなものが、どうも理解出来ているような気がしない。

「感情だけやない。友情も、重いんよ。重くて重くて、だから切り捨てるべきものなんよ。捨てんと勝利は見えてこんのや」
「……だから御堂筋くん、私と友達に思われるん嫌がっとったんやね」

ふと、春頃に御堂筋くんと部活で買い出しに行ったことを思い出す。私が無邪気に「友達みたいだよね」と言うと、彼は蔑んだ顔をして自転車で去っていきそうになったのだった。
御堂筋くんはこくりと頷く。

「その辺のもん捨てんと、速く前に進めんのや。だからボクは結果に対して嬉しく思わんし、友情とかそんなもんもいらんと思っとる」

開会式の時の威勢はどこへやら、ぽつりぽつりと御堂筋くんは呟く。
御堂筋くんは、前に進む事にとらわれているようだった。前に進む事は何に置いてもとても大事だ。それは私でも、それに誰でも、よく分かっている。けれど彼は、御堂筋くんは、前に進む事を屈折した視点で見ているような気がした。
前に進むためには、感情とか友情とか、捨てなきゃいけないのだろうか。
そんなことはないと、私は思う。
けれどそれを、御堂筋くんに言う気にはなれなくて。

「……私にはよく分からんよ」

曖昧に笑った。
御堂筋くんはもう一度、ゆっくりと瞬きをする。そして私の言葉に対する返事はせずに、「そろそろ戻ろか」と呟いてベンチから立った。それに続いて、私も体育座りにしていた足を地面に戻して立ち上がる。

「そやね。そろそろ戻ろ」
「てかみょうじさん、なんでこんなとこで飲んでたん」
「宿舎の冷房きついから。御堂筋くんは何で外におったん?」
「……散歩」

恐らく友達だと思われたくないのだろう、御堂筋くんは私より三歩先を歩く。それに無理に追いつこうとはせず、その距離を保ちながら後ろをついていく。途中、空き缶用のゴミ箱があったので、そこにガコンとスチール缶を投げ入れた。

御堂筋くんの細長い背中を見ながら、思う。
感情がいらないと言うのなら、どうして私を壁に追い詰めた時、君は静かに怒っていたのだろう。
友情もいらないと言うのなら、どうして一人寂しく飲んでいる私の横に座ったのだろう。
ただ、こればかりは御堂筋くんに聞いても答えはくれないだろう。そう思いながら、私たちは冷房のきいた宿舎に入った。

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