※インターハイ一日目結果ネタバレ有










宿舎から出て、自動販売機で買った炭酸飲料の缶のプルタブを開ける。ぷしゅ、という良い音がする。持ってくる間に少し振ってしまっていたようで、零れない程度の泡が出た。
熱帯夜ほどではないがそれなりに暑い夏の夜空の下、手の中にあるサイダーをごくりと一口飲み込みながら、私は今日のレースのゴールラインで見たものを思い出していた。それは私にとってとても喜ばしい結果で、尚且つ俄かには信じがたい結果でもあった。
立って飲んでいると誰かが宿舎から出てきた時に気まずい雰囲気になりそうなので、宿舎の玄関口から少し離れたところにあるベンチに腰を下ろす。ベンチは昼間に熱を吸収していたらしく、ほんのりと暖かかった。いや、暖かいというよりは鈍い熱さとでも言うべきか。けれど不快になるほどではなかったので、私はそのままベンチに座ってサイダーを一口飲んだ。一人でベンチに座っていると、なんとなくリストラされた会社員のような気持ちになるのはいつもの事だ。しかし今日は気持ちが高ぶっている所為か、そんな事は微塵も思わない。見上げると、箱根山岳地帯の上にいるからか今夜は星がよく見えた。
しばらくそうやってちびちびサイダーを飲みながら夜空を眺めていると、離れたところで僅かに砂を踏む音がする。誰かいるのだろうかと音がした方をちらりと盗み見ると、暗闇の中で見覚えのある妙に細長いシルエットが見えた。砂を踏むざりざりという音はだんだんと近付いてきて、私の前で止まる。

「こんばんは、御堂筋くん」

そう言ってサイダーをごくりの飲むと、足音の主である御堂筋くんはほんの少し顔をしかめた。

「なんでこんなとこで一人寂しく飲んどるん。びびるわ」
「欠片もびびってない癖に何言っとるんよ」

御堂筋くんを見ながら、私は睨まれない程度に鼻で笑う。どちらかというと暗闇で会ったら驚かれるのは御堂筋くんの方だろう。足音の正体が何なのか分かっていた私でも、実際に御堂筋くんの顔が見えた時は少なからず心がざわざわしたくらいなのだから。

「あ、そういえば。インターハイ一日目お疲れ様」

私がそう言うと、御堂筋くんはどうでも良さそうな顔をして「おん」と一言返す。「おん」って何だよ、「うん」と「おう」と中間なのかよ、と思いながら、私はまたサイダーを飲んだ。缶の中に残っているサイダーはあと半分くらい。私は缶をちゃぽちゃぽと揺らしながら、はしたなくもベンチの上で体育座りをした。こういう時、ジャージを履いているとどんな座り方をしても良いので楽だ。
ベンチで体育座りをしている私を見て、私の前で立ったままの御堂筋くんは「はしたないで」と私の頭を軽く叩いた。初めてのボディタッチがこれというのは、何となく残念な気がする。

「一位、おめでとお」

京都訛りの間延びした声でそう言うと、御堂筋くんはいつもいつも私に向けている面倒そうな顔をしてみせた。私に対する御堂筋くんの表情は少なすぎると思う。他の人に向けるように、もっと色んな表情が出来ないものか。多少気持ち悪くても構わないから、もう少しバリエーションのある表情を見てみたい。

「完全優勝するつもりなんやで、一位取らんでどうするん。それに単独一位ちゃうし」

御堂筋くんは不満そうに言った。
しかし絶対王者と言われている箱根学園、ノブ先輩が前に偵察に行っていた総北高校と並んでの一位はなかなか獲れるものじゃない。だから私は、三校同着の一位と言えどとても嬉しかったのだ。それにもっと言ってしまえば、インターハイに出られるのは限られた高校だけである。その中に入れている事すら喜ばしいことなのに、御堂筋くんはインターハイ出場も、一日目一位も、どれに関しても嬉しそうではなかった。

「まぁ、完全優勝が目標やとしても……もっと喜んでえんちゃうの。淡白すぎやて」

私はお酒を煽るように、残り少なくなったサイダーを喉の奥に全部流し込んだ。ちょっと喉に圧迫感を感じたけれど、口から出そうになる空気の塊は何とか押しとどめた。さすがに吐き出してしまっては、ベンチの上で体育座りをするのと比べられないほどはしたない行為になってしまう。
御堂筋くんは、私がそんな風に喉の圧迫感と戦っているのに気付かないふりをして話し出す。

「みょうじさん、ボクが開会式の時に言っとった事聞いとったやろ?」
「まぁ聞いた……けど、箱根学園に喧嘩売ったことくらいしか覚えてへんよ。その後すぐにその場から離れたし」
「なんやそれ。ちょっと恥ずかしなったからってメンタル弱すぎやないの」
「原因作った御堂筋くんに言われたないんやけど……」

私の事をメンタルが脆弱だと罵る御堂筋くんは、少し前に私に壁ドンをしてきたときと同じようにププーと奇妙に笑ってみせた。むかつかない訳ではなかったが、今日もなかなかにハードな一日であったため怒る気もなく、御堂筋くんに話の続きを促した。

「で?開会式の事が何なん?」
「じゃあなーんも覚えてへんみょうじさんに特別に教えてあげるわ」
「いちいち言い方むかつくなぁ」

ハードな一日だったため怒る気もないとついさっき私は思ったが、御堂筋くんの言葉は神経を逆撫でするのが非常にお上手で、やっぱり少しくらいはイラっとする。半笑いでそう言うと、それでも彼は私の心情なんか全く気にしていないように話を続けた。

「世界に羽ばたく男の御堂筋翔くんですぅ、て言うたんよ」
「……あー、そういえば言っとったような」
「みょうじさんのミジンコ並みの脳みそでも覚えとった?」
「いちいち失礼やな」

またお酒を煽るように缶を持ち上げて、中身が入っていないことを思い出して缶を持った右手を静かに下ろした。潰して捨てようと思って手に力を入れたが上手く潰れず、眉根を寄せながら缶の表示を見るとスチール缶と書いてあったので、潰すのは諦めてベンチの上に缶を置く。
そして御堂筋くんの方を再度見ると、彼は「立っとるん疲れた」と呟いて私の横に20センチほどの間を開けて座った。

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