「なんであんな事したんよ……」

御堂筋くんの顔を横目に見ながらそう呟いて、私はぽてぽてと歩く。一方御堂筋くんは私の言葉などどこ吹く風という感じで、全く気にも留めずに小さな車体を押していた。少し後ろを歩いている先輩方は、もう御堂筋くんの奇行については諦めたのか、何も言わない。

今日はインターハイの一日目。そしてつい先ほど、開会式があった。
そこで御堂筋くんはあろう事か、前回優勝校の箱根学園に、それはもう後々上手く弁解も出来ないほどに喧嘩を売ったのだ。箱根学園に勝ちます、とか倒します、とか今年は優勝頂きます、とか、そんな言い方ではない。わざわざ「ぶっ潰します」とかなんとか言っていたはずだ。しかもマイクを通してそんな事を言ってしまったので、会場全体にその声は響き渡った。そして御堂筋くんがそんな強気な発言をした時、私は背中に学校名の入ったジャージを着ており、会場中から背中に注がれる視線に耐えきれなくなったため急いで女子トイレに避難した。この時以上に京都伏見のジャージを脱ぎたくなったことはないし、多分これからも無いと思う。
その直後に石垣先輩が御堂筋くんにそのようなスポーツマンシップを欠いた発言を注意したけれど、やはり御堂筋くんはあまり気にしていないようだった。

「ぶっ潰すつもりやから言うただけやけど?あかんの?」
「あかんやろ倫理的に……。しかもビッグマウス過ぎ」
「完全優勝するんやで、大袈裟やあらへん。それともみょうじさん、ボクらに期待してへんて事?失礼な子やなぁ、ボクにもザクにも」

そう言ってニタリと笑う御堂筋くん。私に対する受け答えで面倒そうな声を出さないことは珍しかった。それだけ御堂筋くんもこのインターハイという舞台を心待ちにしていたのかと思うと、その点だけは御堂筋くんも他の子とあまり変わらないかも、と思えた。

「……まぁ、優勝してほしいけど」
「じゃあごちゃごちゃ抜かすなや」
「それとこれとはちゃうやろー……」

あくまで飄々としている御堂筋くんに、はぁぁぁ、とわざとらしく大きなため息をついてみせる。御堂筋くんは綺麗に歯が並んでいる口を少し開けて、そして目を細めてやはりいつものように面倒臭そうに私を見た。ついさっきは御堂筋くんも気分が高揚してるのかもと思ったけれど、インターハイといえど、やっぱり御堂筋くんの根幹は変えられないらしい。
荷物を置いている方向にのろのろと歩きながら、私は開会式で、トイレに避難する直前に見た光景を思い出した。何故かステージ上にいる御堂筋くんと、それを強く睨みつけている黄色いサイクルジャージを着た男の子が向かい合っていた。二人は何か話しているようだったけれど、それほどステージ近くにいたわけではないので声は聞こえなかった。
持っていたインターハイ用の名簿のようなものを見て、その男の子のゼッケン番号を探す。名簿の後ろの方にある千葉代表の高校のページからお目当てのゼッケン番号を見つけ、名前を確認した。そしてさりげなく、御堂筋くんに聞く。

「御堂筋くん。今泉くんって子と何話してたん?」

今泉という名前を出すと、御堂筋くんの表情がぴくりと動いた。

「弱泉くんか?なんで名前知っとん」
「今泉くんな。名簿で探した」
「みょうじさん相当お暇なんやなぁ」

ぴくりと動いた表情をすぐに消し、口元に手を当ててぷぷ、と御堂筋くんは笑う。何がおかしいのか全然分からずむっとした顔をしてみせると、彼は口角を吊り上げたまま「別にィ」とねっとりとした声を出した。

「ちょーっと中学の時の思い出話しよっただけや」
「……何、出たレースで下衆い事したとかそんなん?」
「さぁ?」

それからも何回かカマをかけてみたが、御堂筋くんは華麗にかわしてしまうので本当のところは分からなかった。けれど恐らく、あの今泉くんとやらの反感を買うようなことをしたのだろう。その今泉くんとの事と言い箱根学園へ喧嘩を売った事と言い、御堂筋くんは敵を作り過ぎている。御堂筋くんだけの問題なら構わないのだが、今回は京都伏見自転車競技部ごと目の敵にされてしまう。それでは私や先輩方に迷惑がかかるとか、そういうことは考えないのだろうか。そう思った事を御堂筋くんに告げたが、御堂筋くんはやはりどうでも良さそうに、辿り着いた先でレースの準備をしていた。



「どう思おうが構わへんよ。でもマネージャーとしてのアシストはちゃんとやってくれんとクビにするで」

スタート地点に並び、出場者以外は規定の場所に戻るようアナウンスがあった直後。ボトルを全員に手渡し戻ろうとした私の背中に、御堂筋くんはそう投げかけた。
その声は面倒そうでも、笑っているようでもなく、私はその声の真意が分からなかった。

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