放課後の掃除が長引き、私は廊下をぱたぱたと足音を響かせながら走っていた。長引いた上に掃除場所が部室からだいぶん離れたところだったので、部室に着くまでにかなりの時間を要してしまっている。靴箱で靴を履き替えて外に出ると、じりじりと暑い日差しが照りつける。反射的に手で日差しを遮りながら、もう日焼け止めを塗っておくべきだなと反省した。眩しい日差しは、目にはかなり良くない。

「すみません遅れました!」

熱帯地方なのかと勘違いするほど暑い気候の中、私は尚も足をがむしゃらに動かしてとうとう部室に辿り着いた。しかしそれなりに急いでいたにも関わらず、到着したのはいつもより遅い時間だった。私はいつも一番乗りか二番目で部室に到着する。だからいつもより遅いといってもそこまで深刻な時間帯ではなかった。けれどなんとなく御堂筋くんに怒られそうだなぁと思ってしまい、着いて早々ドアを勢いよく開け、頭を30度ほど下げて遅刻の謝罪をした。
恐らく御堂筋くんに怒られると思ったのは、御堂筋くんと和解して早々こんな気の抜けたようなことをしてしまったと自責の念に駆られているからなのだと思う。まぁ今日の遅刻は私の所為ではなく、掃除場所の担当の先生がなかなか来なかった所為なのだけど。
勢いよく頭を下げたので、その反動で勢いよく頭を上げる。そして見えた部室には御堂筋くん以外の誰もいなくて、唯一いる御堂筋くんもさっきまで携帯電話を触っていたようでぱたんと二つ折りのそれを閉じているところだった。そして私が来たのを確認すると、「さっさと準備しぃ」とぎょろりとした目でこちらを見ながら言い放つ。その気味の悪さはなかなか慣れないけれど、悪意が無いのは段々と分かってきた。私はこくりと頷いて、いつものようにボトルを手に取る。

「そういえば先輩達は?」

折角和解(のようなもの)をしたのだから、御堂筋くんと出来るだけ自然に会話することに慣れておかなくては。そう思いつつ御堂筋くんに声をかけると、御堂筋くんはお馴染みの面倒臭そうな声で私の質問に答える。それなりの間御堂筋くんと距離を置いていたので、その面倒臭そうな声もなんだか久しぶりだ。

「アップみたいな感じでその辺一周走りに行っとる。みょうじさんは知らんかもしれんけど、いつもやで」
「いつもなん?」
「みょうじさんがタオル洗濯しとる間、いつも」
「知らんかった」

ほー、と相槌を打ちながら返事をすると、「みょうじさん無知やなぁ」と舌をべろりと出しながら御堂筋くんは言った。ちょっとだけムッとしたけれど、よくよく考えるとそれは事実だった。基本的に私は雑用担当で、自転車に乗ったり部員といつも一緒にいるわけではない。それを不満に思ったりはしないが、無知だということを否定は出来なかった。
少し眉間に皺を寄せながら、ドリンクの準備を始める。部活が始まる前にはいつも、一人二つで人数分。つまり12個のドリンクが必要となる。それらを準備しようとすると、あ、と御堂筋くんが少し間抜けな声を出した。

「今日水田クゥンの分のドリンクいらんよ」
「……ついにそこまで御堂筋くんも鬼畜になっちゃったか」

ドライアイになってしまうんじゃないかと自分でも恐れるくらいに瞬きを忘れて御堂筋くんを見ると、予想通り彼は私をゴミを見るような目で見てきた。ぎょろりとした目より、適度に細くなったこちらの目の方が若干怖い。それからはぁぁぁぁ、と非常に長いため息をついた。明らかに私の発言を蔑んでいるみたいだ。

「阿呆ちゃう?ザクを水無しで走らせたらすぐ使いもんならんようなるで。水田クゥンは偵察行ったから今日の部活は出んってだけや」

吐き捨てるように御堂筋くんが言うので、私はただこくこくと音楽が鳴る度に頭を揺らすおもちゃのように頷いた。ザクって何だ、と思ったけれど聞かない方が良い気がする。たぶん雑魚とかそういう意味だろう。文字の感じが似てるし。

「てか偵察って?」

ザクの意味は一旦置いておいて、私は他の気になった単語を聞いてみる。すると御堂筋くんが顎で「早よドリンク作れ」と促してきたので、とりあえず手を動かした。少し前から特に注意を払わなくてもドリンクをきちんと作れるようになったので、話を聞きながらでも手間取る事はなかった。

「インターハイ予選の偵察や」
「へー。……京都のじゃないやんね。どこの?」
「千葉の予選や」
「まさかの関東地方」

ノブ先輩、使われてるなぁ。きっと上手いように乗せられて遥々千葉まで旅立っていったのだろう。交通費とは部費から出して貰えてるのかな。そうだと良いな。
口車に乗せられやすいノブ先輩を思い浮かべて、心の中で合掌した。

「インターハイも近いから、出来るだけ情報集めとかなな」

にや、と笑う御堂筋くん。
その笑顔は決して綺麗なものでも見ていて癒されるものでもなかったけれど、何かを真っ直ぐ見据えているような、そんな顔をしていた。

暑い空気の篭った部室で、頬からぽたりと汗が流れ落ちる。汗の匂いは普通なら不快に思うはずなのに、私はそれを夏の匂いだと感じた。

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