御堂筋くんに謝ると決めてから、なんとなくだけれど気持ちが楽になった。一旦こうしようと決めることで、余計な迷いが無くなったからだと思う。謝った後に御堂筋くんがどんな反応をするのか、私を許してくれるのか、それとも怒ったままでいるのか。それは想像もつかなかったけれど、やはり何も解決策が思い浮かばずに一人で悩むよりかはだいぶんましだった。
けれど謝るには、ひとつ問題があった。
教室で謝ると、他のクラスメイトに聞かれてしまうかもしれない。部活直前や直後の部室だと、あまり事情の知らない他の部員がいるため、彼らに聞かれてしまうかもしれない。私が御堂筋くんに謝罪しているのが誰かに聞かれるのは一向に構わなかったが、御堂筋くんの人に知られたくない過去の片鱗を聞かれるわけにはいかなかった。自分の事を棚に上げているようで少し後ろめたい気持ちはあるけれど、やはり他の人には御堂筋くんの過去を知られたくなかった。それは彼のためと言うより、彼の中の「翔くん」のためのような気がした。

「話ってなんなん?さっさと言うてや、ボクあと何周か走りに行きたいんやけど」

目の前にいる御堂筋くんは、聞き慣れた声を私に向かって発する。
人に聞かれないようにと考えた結果、私は御堂筋くんに、今日の部活が終わってから暫く部室に残っていてほしいとお願いした。けれど御堂筋くんはさっさと走りに行きたいとぼやいたので、それなら部活後に何周かその辺りを走ってきてから部室に戻ってきてほしいと改めてお願いしたのだった。
今、御堂筋くんは首にかけたタオルで顔の汗を拭い、こちらを見ている。もっと怒りの込もった表情でもするのかと想像していたが、案外普通の表情をしていた。そういえばよくよく考えると、私は御堂筋くんの怒った表情を見たことが無い気がする。この間壁に追い込まれた時は御堂筋くんが半端なく怒っていたと思っていたが、思い返せばあの時も、怒りというよりは威圧感のある無表情だった。怒っていた、というのは少々語弊があったかもしれない。
私は御堂筋くんを見据え、自分のするべき行動を頭の中で思い浮かべる。そしてシュミレーションした通り、御堂筋くんに向かって90度、頭を下げた。耳にかけていた髪が、はらりと揺れる。

「……ごめんなさい」

小さくなるかもしれないと恐れていた声は、出すまでの沈黙はあったものの、意外と綺麗に通った。頭の位置がかなり低い場所にあるから、御堂筋くんの細い足だけが見える。彼は、声を出さずにただ私の声を聞いているようだった。それを悟り、私は続ける。

「少しだけだけど、過去を詮索したこと。あと、それを聞いて御堂筋くんへの態度を余所余所しくしたこと。それに対して、ごめんなさい」

頭の位置を動かさないまま、足元しか見えない御堂筋くんの様子を見ていた。彼は動かない。私も動かない。なんとなく先に動いたら負けな気がして、少し体が痛くなったけれど頭の位置は決して動かさないように耐えた。

御堂筋くんは、今何を思っているのだろう。

普段より低い位置にある脳みそで、私はぼんやりと考える。謝られて、彼は何をどう考えるのだろう。そして、どのような行動に出るのだろう。私を見下すだろうか、嘲笑うだろうか、許すだろうか、許さないだろうか。私が考えても決して答えが出ない事なのに、ただただ私は考えた。こう言っては元も子もないが、頭を下げている間、私は暇だったのだと思う。本当に元も子もない。
頭に血が上り始めたかも、と思い始めた頃、私の視界から唯一見える御堂筋くんの足が動いた。こちらを向いていた足先はくるりと反対方向を向き、つかつかと数歩歩いてゆく。さすがにその様子を頭を下げた状態で見守る(頭を下げてるから見えないのだけれど)ことは出来なくて、私は勢い良く頭を上げた。それでも何故か、声を上げて御堂筋くんを止めるのははばかられた。私が声をかけても御堂筋くんが立ち止まるとは考えられなかったし、たとえ立ち止まってくれたとしても御堂筋くんの意志だけで立ち止まる訳ではないのだから、それでは意味がない気がしたのだ。

「……てっきり」

そのまま立ち去ってしまうと思っていた御堂筋くんは、部室のドアノブに手をかけたまま立ち止まっていた。そしてぽつり、と言葉を落とす。

「てっきり、やめる言うんかと思ったわ」

かちゃり、とドアノブを捻りながら言う御堂筋くんの横顔を覗き見ると、彼はやはり無表情のままだった。でも少しだけ、本当に少しだけ、柔らかな表情をしている。どこがどう柔らかなんだと聞かれると絶対上手く説明出来ないという自信があるほど微妙なものなのだが、なんとなくそんな気がした。

「ボク別に、過去知られたんが嫌でも態度変えられたんが嫌でもなかったんよ。そんなん別にどうでもええ。ただ石垣クゥンらに心配されるんがキモかっただけや」
「……そういえば、そう、言ってたね」

壁に追い込まれた時に、御堂筋くんが言っていた言葉を思い出す。その時は私の精神もかなり追い込まれていたから気付かなかったのだけれど、今思えばその言葉は言い訳のように聞こえた。けれど私は納得したように相槌を打った。

「あんだけ怯えとったのに、根性あるんやな」

最後にそんな捨て台詞を残して、御堂筋くんはドアを押す。何の抵抗もなくドアは開き、つかつかと軽い足音を立てて部室の外へと消えていった。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -