昨日の御堂筋くんの気迫に押されてか、今日は教室でまともに御堂筋くんを見ることが出来なかった。だからといって、元々教室で頻繁に話すことはないので特にこれといって問題はない。けれど部活ではそうもいかないので、御堂筋くんに会って変な反応をしないように、放課後になると走って部活に行ってドリンクを人数分作り、洗濯しなければいけないタオルを引っ掴んで誰も来ないうちに部室を出た。部員と顔を合わせるのは部活前と部活終了直後くらいなので、それを上手く避ければ御堂筋くんと会わなくて済む。そう考えての事だった。
御堂筋くんへの態度を改めるのは、よく対策を練ってからの方がいい。だから少しの間は御堂筋くんと会わないでいようと思う。顔を合わせないと先輩達が心配して、それによってまた御堂筋くんが苛立つかもしれないけれど、顔を合わせてあからさまな態度を取るよりかはましだろう。



部員全員が練習をしている間、部室には誰もいない。その隙を見計らって部室に入り、ロードバイクのメンテナンスをすることにした。先ほどまで洗濯していた大量のタオル達は、今は部室の裏で洗剤のCMのようにぱたぱたと揺らめきながら干されている。
カバンにいつも入れているノートを手に取り、ベンチの上に広げながら部室にあるロードバイクを手に取る。このノートは、ロードバイクの詳しい事に関しては全くの無知だった私のために石垣先輩が懇切丁寧に教えてくれたことが事細かに書かれている。部活後に疲れているのにも関わらず優しく教えてくれた石垣先輩は、まさに先輩の鑑だと思う。
ぺりぺりとノートを捲り、お目当てのページを見つけ出すと、私はそのページをぐぐ、と押さえつけて紙が動かないようにした。そして蛍光ペンが引かれたところに注目しながらメンテナンスを始めると、余計な事を考えずにいることができた。
私はロードバイクには乗らないけれど、ロードバイクに人が乗っているのを見るのが好きで、そしてロードバイク自体も好きだ。だからロードバイクを、メンテナンスとはいえ触ることも好きである。好きな物に触れている時間はこの上なく幸せで、その時ばかりは御堂筋くん関連のしがらみも忘れることができた。
そうして暫くかちゃかちゃと作業をしていると、どうやらあまりにも熱中してしまっていたらしい。不意に肩をぽんぽんと叩かれるまで、部室に誰かが入ってきたと気付かないほどだった。

「わっ!?」

軽くぽんぽんと叩かれただけだったが、誰かがいるなんて微塵も思っていなかった私は激しく肩を震わせた。そして勢い良く振り返ると、私よりかはましだがそれでも驚いた顔をした石垣先輩が、タオルで汗を拭いながら立っていた。もう部活終了の時間かと思い焦ったが、腕時計を確認すると部活終了まではまだまだ時間があった。「どしたんですか?」と平静を装いつつ聞くと、石垣先輩はタオルを持っている方とは反対の手でボトルを二個差し出して「ドリンク無くなってしもて」と困ったように笑った。

「無くなるん早いですね。今日暑いですもんねぇ」

空っぽのボトルを受け取り、作り置きのドリンクを手渡す。手渡す時に偶然触れた石垣先輩の手は思いの外暑く汗ばんでいて、戸外で自転車を漕ぐ過酷さが感じられた。

「インハイ近いからやろけど、練習もきつなってきてな。御堂筋もなんかピリピリしてきよるし」

そう言った石垣先輩から、私はそっと目を逸らす。御堂筋くんの名前が出てきて、少し自分に負い目を感じたのだ。自然を装って目を逸らしたつもりだったのだが、石垣先輩は人のことをよく見ている。私の目線の動きに素早く気付き、「みょうじさん」と優しく私の名前を呼ぶ。

「御堂筋にも聞いたんやけど、なんかあったんか?」

私は床を見つめたまま、何故か素直に頷く気になれず、「なんでそう思うんです?」と聞いた。今の目線の動きや最近の御堂筋くんに対する反応を見れば分かることだと私自身も分かっていたが、聞いた。甚だ愚問であるにも関わらず、石垣先輩は呆れること無く私に語りかける。

「最近、御堂筋とみょうじさんの間の空気変やから。それで御堂筋に聞いてみたら、全然取り合ってくれんかったんやけどな」

手の中にあるドリンクをちゃぽちゃぽと揺らしながら、石垣先輩は優しい目で私を見つめた。

「そんで、なんかあったんか?言いたくなかったら言わんでもええよ」

目も声も、私に向ける笑顔も全て優しい。そんな石垣先輩を見て、私はこれ以上シラを切り続けることは出来なかった。

御堂筋くんが昔いじめられていたとかそういう、あまり人に言うべきでない事はぼやかして、私は事の顛末を石垣先輩に話した。話している間に感情が昂ぶって涙が出そうになったところもあったけれど、石垣先輩をこれ以上心配させてはいけないと思って眉間に皺を寄せながら耐えた。そのおかげで変な顔になってしまったものの、石垣先輩はそれを笑ったりしなかった。

「ほか、そんな事があったんやな」

話し終えたあと、少し間をあけてから石垣先輩は落ち着いた声でそう言った。こくこくと頷くと、ぽふ、と頭の上に石垣先輩の手が置かれた。想像より大きなその手は、随分長い間太陽の下にいたせいでまだ熱かった。

「やから、御堂筋くんにどう接したらええんか分からんのです」

私が言うと、せやなぁ、と石垣先輩は小さく声を出す。そして頭にそっと乗せていたた手でぽんぽんとリズミカルに私の頭を撫でる。

「御堂筋にはごめんなさいしたか?」
「え?……あ、そういえば」

してないです、と答えると、石垣先輩はふわりと笑う。「接し方に関しては俺も良い解決策思いつかんけど、まずはごめんなさいって言うことから始めればえんちゃうかな」、と言いながら。
その笑顔は本当に優しくて、やっぱり石垣先輩は人間が出来ているな、と心の中で思った。

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