「どうしたの」とか、「何怒ってるの」とか聞ける雰囲気ではなかった。明らかに御堂筋くんは怒っている。普段の部活の時もこのくらい怖いのかなと一瞬想像したけれど、すぐにその考えは振り払った。もし御堂筋くんが部活中もこんな状態だったら、私は部員としてやっていけない。三日もこんな怒りに触れたら退部したくなる。石垣先輩は我慢強い人だけど、彼ですら今の御堂筋くんと部活をやれと言われたら絶対に戸惑うと思う。
右腕から顔に移した視線は、そこから動くことが出来ないでいた。御堂筋くんと目を合わせた状態のまま、十数秒ほどは経ったと思う。正直目を今すぐにでも離してしまいたかったけれど、目を離せば最後、私の人生は終わる気がした。大袈裟かもしれないけれど、本当にそんな気がしたのだ。
ゆっくりと、御堂筋くんが瞬きをする。その一瞬の隙をついて浅く息を吸う。どうもこの状態の御堂筋くんと目を合わせている時は、呼吸をしづらかった。

「みょうじさんなぁ」

さっきの瞬きと同じようにゆっくりと、御堂筋くんは言葉を発する。独特の声とねっとりした喋り方は、何かしら嫌味を言う時の声に似ていた。自分の顔よりかなり高い位置にある彼の顔を見上げながら、瞳の表面が乾いていくのを感じた。

「なァんか最近、ボクの事避けとるやろ」

ついさっきまでは無表情だったのに、目を細めて口角を上げながら御堂筋くんは言った。壁と接している背中がぞくりとする。中途半端に開いた口から「そんなことないよ」と否定の言葉を出そうとしたけれど、どうにも上手く出てこなかった。それに対してか別のものに対してか、御堂筋くんはまた背筋が冷えるような笑みを貼り付ける。嫌味げな顔を見たことがないことは無かったが、ここまで殺伐とした表情は見たことがない。
唾を飲み込もうとしたけれど、口の中はカラカラで何も喉を通りはしなかった。体の水分が無くなってしまったかのような感覚に襲われながらも、御堂筋くんと目を合わせ続ける。

「否定せんのやなァ、まぁそうやろとは思てたけど」

嘲るような声音が聞こえる。
別に避けたくて避けてた訳じゃない。接し方が分からなくなってしまっただけなんだ。そう心の中で言い訳するけど、声には出さない。出したところで現状はどうにもならないだろうし、何で接し方が分からなくなったのか聞かれでもしたら、どう答えて良いのか困ってしまう。
けれど何か言わなければ、御堂筋くんはもっと気を悪くするだろう。これ以上背筋の凍るような笑顔は見たくなかったので、私はこの場に適する返答を脳みそをフル活用して考える。どうしよう、どう言おう。この二つの問題を頭の中でぐるぐると掻き回してみる。すぐには何も出てこない。それでも何か絞り出そうと眉間に皺を寄せると、先ほどと同じ声音で御堂筋くんが「変な顔しとる場合ちゃうでぇ」と笑った。勿論笑い返す余裕はない。ププー、というあまりにもわざとらしい彼の笑いは私を焦らせる。それでも私が何も言えないでいると、御堂筋くんは表情を変えないまま容赦無く私に追い打ちをかけてきた。

「人の過去詮索するからこうなるんやでみょうじさん」
「……え」
「こないだ移動教室の帰りに誰かと話しよったやろ、ボクの事」

私の喉から最初に出た言葉は、一文字だけの感嘆符だった。御堂筋くんの言葉に驚いて目を見張ると、彼はさらに目を細める。

「公共の場で内緒話する時は注意せなあかんやろ。なんでわざわざトイレの前であんな話するん?誰かおるやもしれんのに」

ププ、と御堂筋くんは口に手を当ててもう一度わざとらしく笑い声を上げた。それと同時に、私は数日前の友人との会話を思い出す。確かにあの時、周りに誰かいないか確認したはず……だったけれど、近くにあるトイレに誰かいるなんて考えもしていなかった。恐らく御堂筋くんは、あの場にいたのだ。そして私たちの、あの短い会話を聞いていたのだ。「あんなん聞いただけで人避けるとか、みょうじさんも薄情やなァ」と独特な声が言った。
御堂筋くんに、蔑まれている。
そう思うと、体の水分が無くなったと思っていたはずなのに、背中に大量の汗が流れるのを感じた。

「昔の事はどうでもええんや。ただみょうじさんの態度があからさまに変わってもうた所為で石垣クゥン達が無駄な心配してくるんやよ。それがキモくてたまらんから、部活やめるか態度改めるかせえよ」

私が背中を冷たい汗で濡らしている間にも、御堂筋くんは淡々と告げる。そして告げるだけ告げると、壁から右腕を離してくるりと私に背を向け、ドアの方に歩いていく。すっかり縮み上がった心臓を必死に動かしながら「わ、忘れ物は」と私がやっとまともな声を出すと、彼は振り返りもせずに「もう無いでそんなもん」と言った。

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