「……なんそれ」

一瞬言葉がつかえ、変な沈黙が私と友人との間に流れる。明らかに廊下を歩く速度が落ちた私を見て友人は苦笑いをしてみせた。
御堂筋くんがいじめられていたというのは初耳だった。御堂筋くん自身過去を話さないし、友人が御堂筋くんと小学校が一緒だったなんて今初めて知ったくらいなのだから、初耳なのは当たり前なのだけれど。
急に歩く速度を落とした私に、友人は合わせてくれた。そして苦笑いをしたままの状態で言う。

「クラスはちゃうかったから詳しくは知らんのやけど。あの頃は御堂筋くん小柄やったし、そういうんのターゲットになりやすかったんやろね」
「……そっか」

小柄だった、というワードを聞いて、ふと思い出す。そういえば前に私は同じようなことを想像していた気がする。男の子にしては小柄で、線が細くて。記憶が正しければその時は、「翔くん」は友達がいなかったんじゃないのか、という疑問を抱いていたはず。
私の予想は嫌な方向で当たる。しかも、いじめられていた、なんてもっとパワーアップした状態で。
私がはぁ、とため息をつくと、友人は眉を下げた。

「チームメイトのこんな話聞きたいもんちゃうよね。ごめんな、勝手にぺらぺらと」
「あ……いや、気にせんで」

何でもないように表情を取り繕って、顔を前で手を左右にぱたぱたと振る。それを見て友人は眉を下げたままふわりと笑い、左腕にしている時計を覗き込んで「ちょっと早足で帰らんと次遅れてしまうわ」と私を優しく急かした。



あれから数日経ったが、御堂筋くんが昔いじめられていたという事実を知ってしまったからか、私は御堂筋くんとの上手な接し方が分からなくなってしまっていた。以前から上手に接することが出来ていたとは思っていないけれど、以前よりもなんだかぎこちなく、妙な空気になってしまうことが多くなったのだ。御堂筋くんを見かけると、いじめられていたという事実と共に、昔の小柄な姿とか見ず知らずの私の話を聞いてくれた事とかを無意識のうちに思い出してしまう。それは、私の中で御堂筋くんと「翔くん」との境界線が曖昧になっていることを示していた。これはかなり由々しき事態だと、私の頭の中では常に警鐘が鳴り響いていた。その境界線が曖昧になればどのような悪影響を及ぼすのかは自分でもよく分からなかったが、御堂筋くんには私との過去を思い出してほしくないと思っているため、私も昔の御堂筋くんと今の御堂筋くんを繋げるべきではないと考えたのだと、思う。あれ、今「翔くん」と言うべきところを御堂筋くんと言ったような気がする。あれ、「翔くん」と御堂筋くんはどう違うんだっけ。あれ、「翔くん」は御堂筋くんだよね。あれれ、なんだか頭の中ごちゃごちゃになってきた。
そんな風に私の脳内がカオスな事になっている現在、私の目は、読んで字の如く目の前に立っている御堂筋くんを捉えていた。脳内世界の私はぺらぺらと一人芝居のようなことをしているが、現実世界の私と御堂筋くんは一言も発していない。ただただお互い、部員とマネージャーという立場で考えるとあまりにも近すぎる位置で見つめ合う。そろりと眼球だけを左に動かすと、御堂筋くんの右腕が壁に添えられているのが見えた。

どうしてこうなった。

御堂筋くんと「翔くん」論議を一旦やめ、脳内で呟く。
ただいまの時刻は部活が終了して30分ほど経った頃だ。部員はもう残っておらず、私はのろのろと日誌を書き窓の施錠を確認して、帰ろうと壁際に置かれた自身の荷物を取ろうとしていた。その時がらりと部室のドアが開き、帰宅したはずの御堂筋くんが入ってきた。「帰ったんちゃうかったん?」「忘れ物したんよ」とかなんとか話をした気がする。確か前雨が降った時も何か忘れ物してたなぁ、御堂筋くん結構おっちょこちょいだなぁ、と思ったのははっきりと覚えている。私がそんな馬鹿なことを考えているうちに御堂筋くんは長い足で私の方につかつかと歩み寄り、丁度壁際にいた私を壁と自身とで挟むように立ち、どん、と音をたてながら右の拳を私の左耳すれすれのところに打ち付けた。所謂壁ドンというやつなのだと二秒ほどで気付いたが、少女漫画で見るような甘いものではなく、突然された行為に私はただただ無表情で動揺するしかなかった。
私、何か御堂筋くんの気に障るようなことをしただろうか。
私は眼球を右腕から御堂筋くんの顔に戻す。御堂筋くんも私と同じ無表情で私を見つめていたけれど、怒っているのだろうかと思うくらいには衝撃的な行動だった。

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