昨日ノブ先輩とした話を思い出しながら、せっせとドリンクを作る。慣れた作業のそれはもう頭で考えなくても滞りなく出来るようになっていた。適量の粉末を水の中に溶かして、ふう、と息を吐く。

私は御堂筋くんの事を、どう捉えているのだろう。

ふと、そんな事を思う。
私にとって御堂筋くんは何なんだろう、どう思っているのだろう。ボトルの蓋をきゅ、と閉めながら考えていることはそればかりだ。昨日ノブ先輩は、尊敬はしているけれど御堂筋くんの事を怖いと言った。たぶん、畏怖の感情というやつだ。恐らくそれはノブ先輩だけの感覚じゃなくて、部活での御堂筋くんを知っている人々は皆そう思っているのだろう。それならば私も少なからず畏怖を抱いているのが普通なのだろうけど、私は御堂筋くんの事を怖いとかそういう風に思ってはいない。確かに入部希望の用紙を渡しに行った時に偶然見た御堂筋くんは結構恐ろしく、数日間は御堂筋くんをまともに見ることは出来なかった。けれど今では、怖いとは思わなくなっていた。時々薄気味悪いなとは思うものの。

「慣れたのかな」

小声だが思っていた事がつい口から出てしまう。あわてて辺りをきょろきょろと見回してみたが、部室にはまだ自分以外の誰もおらず、誰かに独り言を聞かれることはなかった。
そして、先ほど自分の口から出た言葉について考える。何分今日はやる事が少ないので、こんな風にぼんやりと考える時間は山ほどあった。
さっき私は、御堂筋くんが怖いと思わない理由を「慣れ」だと思った。けれどよくよく考えると、それは違うということが分かる。だってもし「慣れ」が理由なら、私より長い時間を過ごしているノブ先輩や他の部員の方々の方が御堂筋くんに慣れているはずなのだから、私より御堂筋くんを恐れていないはずだ。
じゃあ何故、と心の中で唱えるのと同時に、部室のドアががらりと開いた。振り返ってそちらを見ると、180センチくらいのひょろりとした、見慣れたシルエットがあった。

「今日早いな」

私の方をちらりと一瞥して、ひょろりとしたシルエットーー御堂筋くんは興味なさそうに言う。声のトーンはあまりよろしくないけれど、私の姿を見て何かを言うようになったのは、御堂筋くんの対人コミュニケーションにしてはかなりの進歩だ。御堂筋くんは私と友達であるとか仲良しであるとか思われたくないようだったけれど、四月当初からすると、なかなかに良好な関係になってきていると私は思う。

「今日掃除当番無かったから早いんよ」
「ふぅん」

私が返事すると、御堂筋くんはまたもや興味なさそうに返した。もうそれが普通のやり取りになっているので、いちいち腹を立てたりはしない。私は部室の隅にまとめて置かれている汗の匂いのする使用済みのタオルを籠に入れ、部室を出る。これはそのうち集まるであろう部員達が部室内で気兼ねなく着替えられるようにという配慮であり、今日の仕事は少ないからさっさと終わらせてしまおうという私の魂胆でもあった。
籠を抱えて部室のドアを片手で閉め、洗濯をする場所まで歩く。その途中、立てかけられた御堂筋くんのロードバイクを見て、ふと「翔くん」の事を思い出した。



「なぁ、御堂筋くんて怖い?」

移動教室の帰り道、横を歩く友人に聞いてみる。友人は「なんよいきなり」と怪訝そうにこちらを見たけれど、顎に手を当ててううんと真面目に考えてくれた。さっきまで授業を受けていた理科室は教室からかなり離れた場所あったので、私と友人が話す時間は十分にあった。それなりに重い資料集と微妙に小さな教科書、無駄に蛍光ペンが入ったペンケースを抱えている腕の中で揺らしながら私達は歩く。

「まぁ背ぇ高いし目ぇおっきいし、見た目はちょっと怖いけど……別に目立ったことせんし普通やない?」

こてん、と首を傾げながら言う友人に、私はふんふんと頷いた。
やはり御堂筋くんは部活、というかロードに関係するところ以外では、普通に男子高校生として過ごしている。見た目はちょっとアレだけども、何も悪いことをしているわけではないのだから怖がられるいわれもないか。たぶん私が御堂筋くんの事を怖いと思わないのは、同じクラスで普通に男子高校生としての御堂筋くんをよく見ているからなんだろう。そう結論付けると、なんとなくすっきりした。

「ていうか、御堂筋くんて怖がられるってのとは真逆な感じ」

友人がぽつりと呟く。
もうこの話題についてはついさっき自分の中で完結してしまったところだったのだが、なんとなく友人の言葉が引っかかった。

「……どゆこと?真逆ってほどでもない思うんやけど」

私が少し驚きながら聞くと、友人は「あ、そっか」と苦笑いをした。そして、私御堂筋くんと小学校同じやったんやけどね、と前置きをして、廊下に私達以外の人がいないのを確認してから、口を私の耳に寄せて、なおかつ小さな声で言った。

「御堂筋くん、小学校の頃いじめられとったんよ」

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