私が昼休みを潰して読み込んだ作戦を、御堂筋くんは部室にあるホワイトボードに書いて部員に説明している。私は私で、既に作戦はとりあえず全部理解出来たので部室の隅っこでマネージャー業に勤しんでいた。一人二つ、計12個のボトルを準備し終えて作戦の説明をしている方を振り返ると、御堂筋くんはベンチに座って指し棒をひょいひょいとホワイトボードの上で滑らせ、他の部員はホワイトボードと御堂筋くんを囲むように立っていた。だから必然的に御堂筋くんが一番目線が低いのだけれど、それを感じさせないくらい彼の存在感はえげつなかった。

実は私は、自転車競技部の練習風景をほとんど見たことが無かった。
部員と顔を合わせるのはほとんど部活開始時間直前か、部活後から帰宅するまでの間である。
マネージャー業ではボトル準備や洗濯などを主にしているため、部員と部活時間内に関わる必要があまり無いのが主な理由だった。タイム計測などは頼まれた事がないため、恐らく部員同士でしているんだろうと思う。
御堂筋くんの考える事だ。
たぶん、部活中にマネージャーがいると部員の気が散るとかそういうことが無いように配慮した結果なのだと思う。勝利を一番に欲している御堂筋くんらしい考え方だとは思うのだけど、私がいたら部員の気が散るとは思えない。杞憂というやつである。

だから、私は部活中の御堂筋くんの威圧感と向き合うことは今までほとんど無かった。御堂筋くんに少し油断していた、と言っても良い。
けれど今、ホワイトボードを指し棒でこつこつと叩く彼は、教室内で見る無表情ではなく、昼休みに見た面倒臭そうな表情でもなく、私が入部届けを出そうと部室棟まで赴いた日に偶然見た彼の、威圧感のある、にやついた表情をしていた。
それを隅っこから眺めながら、御堂筋くんの認識を改めるべきだろうか、とぼんやり考えた。



「ノブ先輩」
「どした?」
「御堂筋くんって怖いですか?」

部活終了後、いつものようにノブ先輩と少し話す。
部活が終わった後の部員は、御堂筋くん以外マネージャー業を手伝ってくれることが多い。部員に仕事をさせるわけにはいかないと思い部活中に仕事が終わるよう奮闘してはいるのだが、たまに終わらなかった時は皆進んで手伝ってくれる。御堂筋くんが主体のチームなので他の部員も厳しい軍人のように見えるかもしれないけれど、実際はいい人達ばかりなのだ。
そして今日、少し残ってしまった仕事をノブ先輩と片付けている。
そんな時に、ふと思い浮かんだことを聞くと、ノブ先輩はぶっと吹き出した。

「えー、みょうじさん凄い質問するなぁ」
「え、そうですかね」

そういえば、ノブ先輩は御堂筋くんの信者である。御堂筋くんの歯並びを見習って、歯の矯正をしているほどだ。そんな人にとってはこれは愚問だっただろうか。
……いや、でも御堂筋くんが入部するまでは石垣先輩の真似をしてオールバックにしてたとか聞いたことがある。影響されやすいだけなのだろう、たぶん。
どちらかと言えば背の低いノブ先輩を見ながらそう思う。せやなぁ、と呟くと、ノブ先輩は人懐こそうな顔で、でも少し遠くを見つめて言葉を続ける。

「まぁ怖いか怖くないかで言うたら怖いな」
「怖いですか」
「すごいなーとは思うし尊敬の念も強いんやけど」

マネージャーの仕事も終わり、私が日誌を片付けるとノブ先輩は窓の戸締りを確認した。そしてベンチに乗せてあった自分の荷物を手に取り、私に問いかける。

「みょうじさんは?」
「何がですか?」
「御堂筋くんのこと怖ないん?」

私もノブ先輩に倣い、自分の荷物を手に取る。年相応でない「よいしょ」という言葉と共に、教科書のいっぱい入ったリュックを背負った。辞書が二冊入っているせいか、いつもより重い。

「……そうですねー……」

二人で部室から出て、鍵を閉める。
職員室に持って行かなければいけない鍵を握り締めると、鈍い熱さが手の中に広がった。

私は、部活中の御堂筋くんをほとんど知らない。
彼が周りを威圧しペダルを回している間、私は彼を見ていない。
教室で見る無表情や時折私に見せる面倒臭そうな表情は知っているけれど、あれは彼の全てではないのだ。
彼を構成しているほとんどの部分はきっと、もっと別のものなのだと思う。

「うん、よくわかんないです」
「そっかー」

ノブ先輩は特に気にした風でもなく、呑気そうに返事をした。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -