街で一番大きな自転車屋に着くと、みょうじはうわぁ、と感嘆の声を上げた。きっと一度もここに来た事がなかったのだと思う。確かに自転車を頻繁に使うような人ではないと、自宅の最寄の自転車屋しか立ち寄らないだろう。
店内に入ると所狭しと自転車たちや部品、サイクルジャージ等が置いており、その辺にある自転車屋とは比べ物にならないほどの多さの商品が俺達を出迎えた。このひどくごちゃごちゃとした様子が、俺は好きだった。

「他の自転車屋よりかなり大きいね、ロードバイクも沢山あるし」
「他の店にないものでもここならある」

だから時々来るんだ、と付け加える。
普段は寒咲サイクルにばかり立ち寄っている俺も、偶にここに訪れる。ここにしかない良いものを買いたいときだとか良い成績を残したご褒美を買うときだとか、そういう特別なときに。
今日はヘルメットをもう少し良いものに新調しようと思ったのと、みょうじと出かける特別な日だということの二点でここを選んだ。
数回ほどこの店に来たことのある俺と、恐らく初めて来たであろうみょうじ。何処に行けば何があるかを知っているのも勿論俺で、俺が歩く半歩後ろをみょうじがちょこまかとついてくる形になる。それがまるでピクミンのゲームのようで、顔には出さないけれどなんだか笑えた。みょうじが引っこ抜かれて、戦って。あわあわとする様子が目に浮かぶ。その流れで食べられるところを想像してしまい、ちょっと可哀想になる。半歩後ろのみょうじを念のため振り返ると、通路の脇に高く飾られたロードバイクをきょろきょろと眺めていた。
まぁ振り返らなくても、食べられている訳がないのだが。

「あ、これ」
「どうした」

ロードバイクを見ていたみょうじが声を上げた。
みょうじにとって何か物珍しいものでもあったのだろうか。そう思って彼女の指差す先を見ると、とても見慣れたものが目に入る。

「青八木くんの乗ってるやつと一緒だ」
「あぁ、あの白の」
「そうそう、私自転車屋さんで初めてこれ見たよ」

彼女が指を差したのは、俺が乗っているものと同じデザインの白のコラテック。
小さな自転車屋では扱っているところはほとんど無い。俺がロードバイクを買おうと思ったときに入った自転車屋にコラテックがあったのは、今思えば奇跡かもしれないなと思うほど。

「よく分かったな」

コラテックは正直言って、それほど有名でもないし見た目も派手じゃない。今日はロードバイクを持ってきたとはいえ、みょうじがデザインやブランド名まで覚えているとは思っていなかった。
もしかしたら雰囲気が似ているから当てずっぽうで言ったのかもしれないけれど、それにしたって「俺のもの」が分かってもらえるというのは嬉しかった。

「だって、よく見てるから」
「そんな見せたこと、あるか?」
「部活のとき、たまに見てたりするよ」

みょうじはそう言った後、一拍おいて「あ、いや、なんでもない」と呟く。俺の部活姿を見ているということを言うつもりはきっと無かったのだろう。ぽろっと言ってしまって、今彼女は若干後悔しているのかもしれない。
みょうじはもしかしたら俺が引くと考えているのかもしれないけれど、反対に俺は結構嬉しく思っている。好きな人に自分を見てもらっているということは、結構嬉しいことなのだ。失敗しているところや後輩に負けているところを見られているかもと思うと、ちょっぴり胃が痛くなるが。

「それは、嬉しい」
「そうなの?」
「見てもらえるのは、嬉しい」
「……なら、良かった」

まるで失言をしてしまったかのように焦っていたみょうじは、俺の顔を見て表情を綻ばせる。
「カップルと言われるのは嫌ではない」と彼女が熱く語ってくれてから、今日は頻繁に目が合う。これは今までのことから総合的に考えて、俺に気があると考えて良いのだろうか。
いつもより気分が舞い上がっているせいか、みょうじの顔を見るとどうも思考が自分の都合の良い方へ流れていってしまう。

いや、でも待て。
ここはきちんと冷静に考えるべきじゃないか、青八木一。
よく目が合うからといって、俺に気があるとは限らないだろう。それを言ったら俺はかなりの確率で純太と目が合うけれど、お互いその気があるわけではない。それに「いつも俺と目が合うけど好きなのか?」とかいう台詞をもし誰かに言われたとして、そしてそれが見当違いだったとして、相当気持ち悪いなと思ってしまうものじゃないだろうか。つまり下手したら、俺もそんな気持ち悪い人間になってしまう。
それに「カップルと言われるのは嫌ではない」という言葉についてもしっかりと考えなければいけない。そもそも「カップルって言われるの嫌か?」という質問は、びっくりするほど答えづらい質問なんじゃないだろうか。嫌と答えると人間関係が崩壊してしまう可能性が充分にある。だからこれは「嫌じゃない」と答えるほかないのだ。ただ単に、みょうじは俺に気を遣って答えてくれただけという可能性がとても、とても高い。

以上のことを考えると、俺は変に舞い上がるべきではないな、と思う。
今日気がある気がないと判断をする必要はなくて、とりあえずは買い物に付き合ってくれているみょうじの優しさに最大限の感謝をすべきなのだろう。

「……ありがとう、みょうじ」
「どうしたの青八木くん、突然」

感謝をしなければ、と思い口に出すと、唐突すぎたのかみょうじに驚かれた。こういう時に自分の社交性の無さ、コミュニケーション能力の無さを痛感する。きっといつも言葉が足りないのだ。純太なら分かってくれるけれど、今の相手はみょうじだ。甘えたことは言っていられない。

「買い物付き合ってくれてることに、対して」

長い文章を喋ることは得意ではない。だから変な日本語になっていないかどうかがいちいち気になった。
俺がいろいろ気にしつつ話す言葉を、みょうじは変な顔をせずに聞いてくれるいつも、いつもそうなのだ。

「それは私もありがとう、だよ」
「何でだ?」
「楽しいし、こういうところを見るの」

笑って、みょうじは言う。それは俺に気を遣っているのか、それとも本心で言っているのか。
自分の感情を見せることも他人の感情を読み取ることも苦手だからはっきりしたことは分からないが、もし本心で言ってくれていたらいいな、と思った。




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