青八木くんから「付き合ってほしい」と言われた瞬間、顔がぼっと赤くなるのを感じた。心臓はばくばくと動いて身体から逃げ出してしまいそうになるし、口から何か声を出そうとしても変に乾いた声しか出てこなかった。
一拍おいて「買い物に」と続けられた瞬間、顔の熱さも心臓の動きもカラカラになった口の中も、戻す他なくなった。
そうか、青八木くんは私と付き合いたいとかそういうアレなのではなくて、一緒に買い物に行ってほしいだけだったのだ。自分の早とちりをひたすらに恥じ入って、でもそんなどでかい勘違いをしたことは青八木くんに悟られないように、私はいつも通りの返事をするように努めた。
じゃあ今週の土曜日に、と返事をして、自分の席に戻って椅子に座る。一瞬だけとはいえ、青八木くんと付き合えるのかと思って気分が高揚したのか、足が震えていることに気付く。それと同時に、ただの買い物だと知って落胆している自分自身にも気付かされた。
以前は青八木くんとお喋りできるだけで、一緒にどこかに行くだけで満足だったのに。極論を言ってしまえば「青八木くんがこの世にいたらなんでもいい」タイプだった私は、段々と強欲になってしまっているようだ。いけないいけない、と首を振る。これではそのうち欲に負けて勢いで青八木くんに告白をしてしまい、玉砕する未来を辿るのではないだろうか。それは避けたい、何としてでも。

ところで私が席に着いた後も、青八木くんの視線がこちらに向かっていたような気がするのだが、それは何故なのだろう。






約束の土曜日は、思いの外早く訪れた。
友達と遊ぶ約束をしたときや、家族とテーマパークに行く予定を立てたとき。とても楽しみな気持ちが半分、何故か不安になる気持ちが半分ある。その不安な気持ちのせいか、約束の日はいつだって早くきた。
決して約束が嫌なわけではない。楽しみすぎて、その過度な期待から生まれる感情なのかもしれない。
どちらにしろ、私は青八木くんと買い物に行くこの土曜日を驚くほど待ち望んでいたのである。

「お、おはよ、青八木くん」
「あぁ、おはよう」

待ち合わせ場所に着くと、10分前に着いたというのに青八木くんが既に待っていた。駆け足で青八木くんのもとに向かい挨拶すると、彼も同じように返してくれた。少し声が上ずっているのは照れているのだろうか。だとしたら、少し嬉しい。
青八木くんはロードバイクに乗ってきたようで、自分にロードバイクをもたれ掛からせていた。もしや自転車じゃなければ行けないところに買い物に行くのだろうかと思いそれを聞くと、徒歩圏内だという答えが返ってきた。少し安心する。

「えーと……じゃあ、もう出発する?」
「そうだな」

青八木くんはそう言いながら、ふんふんと可愛らしく頷いてみせた。青八木くんはかっこいいけれど、たまにこんな風に可愛らしい様子を見せる。本人はそれに気付いているのだろうか、もしや気付いてやっているのならば相当なやり手である。
待ち合わせ場所であった駅からてくてくと大通りを二人で歩いていく。
休日に好きな男の子と一緒にぶらぶらしているなんて、そんなに目立った行為ではないけど幸せでしかないと思う。幸せすぎて大声で叫んでしまいそうなくらいだ。流石に我慢はするけれど。

「買い物、どこに行くの?」
「自転車屋に。歩いて10分くらいだ」
「割と駅近なんだね」
「ん」

青八木くんはあまり喋らない。それはよくよく分かっていることだけれど、二人きりだと改めて会話をすることが難しいなと思わされる。
でもそれが不快というわけじゃない。買い物に付き合わせてくれるということは嫌われている訳ではなさそうだし、歩くときにさりげなく車道側を歩いてくれる。こちらが何かを聞けば返してもくれる。彼氏彼女の仲ではないのにここまでしてくれるのなら、もうそれで充分だ。
ちらちらと青八木くんの横顔を見ていた目線を正面に戻すと、前方から女子大生だかOLだか分からないけれど、年上の女の人二人が歩いてくるのが見える。どっちに避けようかと一瞬迷っていると、手をきゅっと引かれた。

「こっち」

驚いて引かれた方を見ると、青八木くんが私の手を引いていた。
青八木くんは私の目をしっかりと見ていて、しかも手は触れ合っていて。それに怯んでしまう。

「……あ、ありがと」

なんだか私はひどく動揺してしまって、青八木くんの目から顔を逸らしてしまう。声も吃ってしまったから、もしかしたら変な目で見られてしまうかもしれない。
すれ違った女の人二人も私達の様子を見ていたらしく、「かわいいカップルだね」と笑っている。それが余計恥ずかしくて、青八木くんの方をまともに見れなくなる。

「今、言われたな」

少し俯きながら視線を何処にやろうかと彷徨わせていると、珍しく青八木くんが会話を始めた。

「え、何を……」
「聞こえてなかったか」

何のことかは分かっていたけど、聞こえていないふりをした。そうだねと言うと青八木くんが好きだということが会話の端からぽろっとばれてしまいそうだからだ。
聞こえていないふりをして、青八木くんに話を続けさせた。

「さっきの二人、俺たちをカップルだって」
「そんなこと、言ってたんだ」

私の方がさっきの女の人達に近かったから聞こえているはずなのに、青八木くんは全く私の嘘を疑っていないようだった。どれだけ彼は純朴なのだろう。
できるだけ気の無い返事をしてみると、何故だか青八木くんは眉を下げた。

「嫌だったか?」
「え」
「カップルとか、言われるの」

表情はあからさまには変わらないが、しょんぼりした声音になる。
普段あまり顔の表情も、声の表情も変わらない青八木くん。そんな彼がしょんぼりしてしまうなんて、それはかなり大事なのではないのだろうか。
自分の浮き足立った表情を隠すためにしたことで青八木くんの悲しげな表情を引き出してしまうのは本末転倒だ。
私は改めて青八木くんに向き直った。青八木くんに握られたままの手にぎゅう、と力を入れて、さっきまで我慢していた感情を吐き出した。

「い、嫌じゃないよ!」

土曜の午前から声を上げることはほとんどないせいか、それとも感情を真っ直ぐに口に出すことが久しぶりだからか。なんだか声に出したら頭がすっきりする。
青八木くんの目をしっかり見据えると、綺麗な色をだった。私は今日それを、恥ずかしいからといって出来るだけ見ないようにしていた。
なんて勿体無いことをしていたんだろう。折角青八木くんと一緒にいられる時間なのに。

「ちょっと、いや、ちょっとじゃないくらい、嬉しい」

私は言う。
私と青八木くんがカップルに見えるなんて、そんなに嬉しいことはない。幸せすぎて、大声で言ってしまう。
こんな恥ずかしいことを言ってしまっているのに青八木くんは全く引く素振りを見せずに、私の手をもう一度握り返してくれた。




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