昼休み。少し離れた席で、みょうじと純太が話している。
席も近いので割りかしみょうじと上手く話せるようにはなってきたし、純太とは言葉に詰まる心配をする必要もない。だから二人の元へ駆け寄って会話に参加しようかとも一瞬考えたけれど、柄ではないのでやめた。自分から積極的に話そうとするなんて、以前の自分からは考え付かないようなことだ。今でも、純太やみょうじ相手じゃなければそんなこと思いもしないのだろう。
純太は話し上手だし、みょうじは吃ったりすることもあるけど社交性はそれなりにある。だから二人の話す様子はとても楽しそうだ。
ーー俺と話すときは、みょうじはいつもぎこちない表情ばかりなのに。
少しだけ、無意識に嫉妬する。それに気付いて、いけないいけないと頭をふるふると動かした。
誰からも人気のある純太と自分を比べるのは馬鹿らしい。そりゃあみんな、みょうじだって、話すのが下手な俺より純太と喋るのが楽しいに決まってるじゃないか。それに対して嫉妬するなんて。
どうしたって俺の方が下なのは分かっている。これ以上下手に嫉妬するのも嫌だったので、俺は純太とみょうじから目を離して手元にあるクリームパンに噛り付いた。食べている間は無心でいられるから、何かを食べるのは好きだ。勿論、体力作りの目的もあるけど。
もぐもぐとふんわり甘い匂いのするパンを咀嚼していると、ぱたぱたとこちらに近寄ってくる足音がする。この軽い音は女の子だろうか。もしかしてみょうじかなと思うと同時に、食事中にも関わらず聞き耳を立てている自分がなんだか笑えた。見ないように、気にしないようにしていたつもりなのに耳だけは気にし続けていたらしい。
俺の机の前で足音が止まったのでふと顔を上げると、やはりそこにいるのはみょうじだった。いつも俺に向けるぎこちない表情ではなくて、ちょっぴり焦ったような、驚いたような。

「あ、青八木くん!」

声もやっぱり焦ったような感じ。口に含んでいたパンを飲み込んでから、どうした、と聞くとみょうじは同じような声音で続けた。

「今日誕生日って、さっき手嶋から聞いたんだけど、私何も準備してなくて……!」

ごめんね、知らなくて。
そう告げてきたみょうじは本気で焦っているのかもしれないけど、俺にとってその表情は新鮮だったのでつい笑ってしまう。そうか、純太と話していたのは俺のことだったのか。そう思うと、さっきまでの嫉妬やもやもやとした気持ちが溶けていく気がした。

「いい、気にしなくて。俺も言ってなかったし」

第一、ただのクラスメイトの誕生日なんて知ってる方が珍しいだろ。そう慰めるように付け加えたが、みょうじは納得いっていないようだった。口を尖らせて眉を垂らす。ちょっと不機嫌そうな顔も可愛いのはずるいと思う。

「だって青八木くん、ただのクラスメイトじゃないし……」
「……あ、ありがとう」

消え入りそうな声で恥ずかしそうにみょうじがそう言うものだから、つられて俺も恥ずかしくなってしまう。
この言葉に、深い意味はあるのだろうか。散々俺に優しくしてくれたり気を遣ってくれたりするみょうじだが、その理由をもう一度深く考える必要があるのかもしれない。ただ本当に浅い意味の、「最近仲の良い男の子」というくくりでいう「ただのクラスメイトじゃない」という可能性だって勿論ある。慢心はしないでおこう、ととりあえず結論付けてみょうじの方を向き直った。ばっちり目があってしまったので、少しだけ照れた。

「おめでとうって言ってくれるだけで、うれしい」
「……それなら」

ひどく透明な声が、耳を撫でていく。
おめでとう、とみょうじが言うと、自然と俺の心が暖かい何かで満たされていくのを感じた。
好きな人の声というものはこんなにも心地良いのか。好きな人が自分のためだけに言ってくれる言葉はこんなにも、こんなにも浮き足立ってしまうようなものなのか。
ありがとうと言おうとすると、普段上がりづらい口角が自然と上がるのが分かる。惜しげも無く笑顔になるのは恥ずかしいが、今日ばかりは良いだろうと思った。

「青八木くんの笑った顔、何回も見たけど、今日のが一番好きだな」

多分俺がしているのと同じような笑顔を浮かべて、みょうじは言う。
一番好きとか、それ、言ってて恥ずかしくならないんだろうか。それともみょうじは意外とキザな台詞をさらっと言ってしまうような人間なのだろうか。
そう思いつつ顔をじっと見てみると次第に頬が赤くなって「……そんな見つめないで」とぼそぼそ言ったので、やっぱり照れてしまったんだろう。そんなところも可愛い、とついつい口から出てしまいそうになる。ただ俺がそんなキザな台詞を、こんな皆がいる教室の中で言ってしまうと恥ずかしいどころではないのでぐっとこらえた。

「でもやっぱこれだけじゃ申し訳ないっていうか……他にほしいものとか、してほしいこととかない?」

話を逸らすようにみょうじが言う。けれど話を逸らすために言ったのではなく、俺に何かしたいという気持ちがあるからだということを俺は何となく分かっている。ずっとみょうじを見てきたのだから、それくらいは分かるようになった。
まだ手元に残っているクリームパンを一口齧って、ううむと考える。ここまで言ってくれるなら俺も何かほしいものやしてほしいことを絞り出した方が良いだろう。みょうじに何かしてもらえるなんて、こんな機会は誕生日以外なかなか巡ってこないのだから。

「……そうだ」

ふと、一つ要望を思いつく。誕生日プレゼントとしてほしいものはないけれど、してほしいことが一つ。

「なになに、何でも言って」

みょうじはそれを聞いて嬉しそうに身を乗り出してくる。俺のために何かするということは、そんなに嬉しいことなのだろうか。いつも思うけれど、みょうじは本当に優しい。こんな俺に構ってくれても、メリットなんて無いはずなのに。

「付き合ってほしい」
「えっ」
「今度、買い物に」

みょうじと一緒に過ごす時間がほしい。
だから欲しいものなんてないし、したいことも特にはないけれど、俗に言うデートに誘ってみた。デートという単語を使うのは未だに照れる。
みょうじは一瞬酷く驚いた後、「買い物に」と聞いて大きく息を吐いた。

「え、あぁ、そっか。……わかった、付き合うね」

嬉しそうな、だけどちょっぴり残念そうな顔。どうしてそんな表情をしているのだろうと首を傾げたが、数秒後、その理由に気が付いた。
「用事に付き合う」じゃなくて、みょうじは「お付き合いする」という意味にとってしまったんじゃないだろうか。

ひょっとしてひょっとすると、脈あり、なのだろうか。




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