月に一度の、教室がちょっと騒つく日。六時間目のホームルームでは、黒板に学級委員の子が格子状の図を書いて、その中に手際良く数字を割り振っていった。他の皆は教卓の上に置かれた箱から順番に紙切れを取り出して、黒板とにらめっこをして数字を探す。嬉しげな声が聞こえたり、前の方の席になったことを残念がったり。私は席決めのくじの列に並びながら、先にくじを引いた青八木くんを眺めていた。
青八木くんはまず手元の紙をじっと見つめて、その後に黒板を同じようにじっと見つめた。あんな感じで青八木くんに見つめられたら、嬉し過ぎて死んでしまうなあなんて物騒なことを考える。それから彼はふんふんと小さく頷きながら席について、まだくじに並んでいる人々を見ていた。その様子は、なんだか巣から外を眺めるひな鳥のようで可愛らしい。私はそんな青八木くんのことをじっと見ていたものだから、不意に目線が交錯する。青八木くんに見つめられたいと思うくせに実際見られると恥ずかしくなってついつい視線を逸らしてしまうから、私は結構いくじなしだ。

「みょうじさん、引いちゃっていいよ」

学級委員に声をかけられ、いつの間にか列の最前になっていた私は慌てて箱の中に手を突っ込む。手は落ち着きなく動いて、間違えて三枚紙を掴んでしまったものだから周りの子にくすくすと笑われてしまう。少し顔を赤くしながら二枚を振り落として一枚だけ選んで、もしやと思って青八木くんをちらりと見ると彼も私の慌てぶりを見て笑っていた。笑顔が見れてとても嬉しいけど、これは恥ずかしさの方が勝ってしまう。私は足早に教卓からもうすぐ移動する自分の席に座って、はぁ、と幸せが逃げる息を漏らしてしまった。
青八木くんが視界に入ると、どうも私はポンコツになってしまうようだ。普段はどうとも思わないことでも、青八木くんが目の前にいたり青八木くんがこちらを見ていると思ったりすると途端に失敗してしまう。失敗しなかったとしても、かなりぎこちない動きになってしまうのは否めない。恋の力って凄いなあ、とこういうとき思ってしまう。もちろん、良くない意味で。
そんなことを考えながら、手にして帰ってきた紙切れを開く。紙は四つ折りになっていて、画用紙を切って作ったのかそこそこ厚く開く時にがさがさと音がした。名前ペンで走り書きされていた数字は14で、私は顔を上げて黒板の図から14を探す。数字はランダムに書かれているから、黒板から遠い席にいる私が探し出すのは少し億劫だ。目を細めながら、前のめりになりながら目的の数字を探していると、緑の制服が私の前に立ちはだかって邪魔をする。何だろうかと顔を上げると、そこにいたのは私を見下ろす手嶋だった。そんな手嶋はどこかこそこそとした様子で、私に耳打ちをしてくる。

「ほら、これやるよ」

そう言って皆から見えないように差し出された手のひらには、あのがさがさとした紙が置かれている。
どういうことだろうかと声もなく首を傾げてみせると、手嶋は「みょうじって鈍いな……」と困ったような顔をして、無理やり私にくじを押し付ける。そして私の手にあったくじをさらっていったので、そこで初めて手嶋は私と席を交換したかったのかと気付いた。席の交換は基本的にご法度だから、彼はこんなにこそこそしていたのだろう。

「なんかドラッグの売人みたいだね、手嶋」
「もっといい例えはないのかよ」

思ったことをそのまま言うと、手嶋は苦笑してしまう。そして去り際に「感謝しろよ」とウインクをしてきたので、私はなんとなく、この紙切れに書かれてある席がどこなのか予想がついてしまった。




手嶋が譲ってくれたのは、真ん中の列の一番後ろの席だった。
荷物を動かして、辿り着いた席の前方には綺麗な茶髪があった。がたがたと動かす物音が聞こえたのだろう、それに反応して前の席の人物がこちらを振り返ると、やっぱりそこにはひどく綺麗な顔があった。

「あ、えっと、席前後だね。……よろしくね、青八木くん」
「ん、……よろしく、みょうじ」

他の人が聞いたら驚くほどぎこちなさすぎる会話だろうなと思いながら、席に着く。けれど私と青八木くんの会話は基本こんなもので、以前クリスマスデート(という単語を頭の中で唱えただけでひどく照れてしまう)をしたときも割と終始こんな感じだった記憶がある。というか、滑らかに会話ができている私と青八木くんを想像するとなんだか変な感じがするのだ。たぶんお互い、ぺらぺらと口が回る方ではないから。
皆が席を移動したのを確認すると、進行を務めていた学級委員は教卓から離れて新しい自分の席へと座った。そして先生が代わりに教卓の前に着き、何やらプリントを配布し始める。二年生も終わりに近付いたこの時期に配布するものといえば、恐らく文系に進むか理系に進むかの調査票だろう。自分の手元にプリントが来るまでに皆の反応を伺っていると、やはり私の予想は的中していたようで「なぁお前、文系理系どうする?」「理系かなあ」とかなんとか声が上がり始めた。
私はどうしようかな、とぼんやり考えると、前方の茶髪がふわりと揺れた。

「……みょうじは、どっちにする?」
「えっ」

その声は紛れもなく青八木くんで、私を捕えている目も紛れもなく青八木くんのものだった。
まさか青八木くんに声をかけてもらえるなんて思っていなくて、ついつい感動詞だけの発言をしてしまう。すると青八木くんは伝わっていないのかと思ったらしく、「文系、理系か」と優しく付け足してきた。そうこうしている間にプリントがここまで回ってきたので、それを見ながらううむ、と唸ってみせた。

「悩む……なぁ」
「……俺も」

ほぼ独り言のようなものだったのに、青八木くんは律儀に返してくれる。だよねぇと相槌を打つと、可愛らしく縦に首を振ってみせた。それと一緒に、綺麗な茶髪がさらさらと揺れる。美しいな、と思った。

「得意な教科とかで、決めればいいのか」

語尾にはてなマークを浮かべながら青八木くんが言う。それを聞いて、私は得意な教科ってなんだっけ、と頭の中で今までの成績表を思い浮かべた。

「私は……現代文が得意かな。でも生物も、割と好きかも」
「それじゃあ、決めかねるな」
「うん」
「俺も古文好きだけど、理系も興味ある」
「じゃあ青八木くんも、迷うね」

二人してプリントを両手で持ちながら、ううむ、ううむと首を捻る。
どっちも気になるよね、美術系にも興味がある、じゃあ三つ巴だねなんて生産性のない話をぽつぽつとする。そんな会話でも青八木くんとできるならこれ以上嬉しいことはない。にやけそうになる顔をなんとか抑えながら、どうしようかどうしようかと話しているときに、ふと青八木くんがまじめな顔をした。
まじめな顔といっても、青八木くんはほとんど表情を動かさないからはたから見たらいつもの表情と一緒だと言われるかもしれない。けれど私には、えらくまじめな表情に見えた。

「でも、やっぱり」

青八木くんが口を開いた。もう文系理系の答えを見つけ出したのだろうか、なあに、と聞くと彼はまじめな表情から少しだけ、照れくさそうな表情に変えた。その違いが分かるのは、きっと手嶋と私くらいなんじゃないかと思う。

「みょうじと同じ進路だといいと、思う」

言った後、青八木くんはふっと目を背けてしまった。でも私も同じように背けてしまって、ひたすらにどくどくと、心臓が音を立てていた。
青八木くん、その台詞は反則です。




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