冬休みはあっという間に過ぎて、気が付いたら始業式の日が訪れていた。もうだいぶ年季の入ったマフラーを巻いて家を出ると、思いの外冷え込んでいて体が震える。路面は凍結している部分があるようだったので、今日は徒歩で登校しなくてはいけない。乗りたいのにな、とため息をついてみたけれど、下手に走って怪我をしては本末転倒だから我慢をした。
俺の家から高校までの道は利用する生徒が多いらしく、ちょっと見渡しただけでもちらほらと総北の制服が存在していた。そしてその中に、見慣れたパーマ頭を見つける。後ろから手嶋、と声をかけると、くるりと振り返って手を振ってきた。少し駆け足で手嶋に近寄り、挨拶をする。

「おはよう」
「おはよ青八木、あけおめ」
「あぁ、あけましておめでとう」

メールでもお互いに新年の挨拶はしたが、なんとなくもう一度交わす。「寒いよなあ」と手嶋が凍結した路面を見ながら言ったので、俺は声もなく頷いた。手袋をしていないので手をポケットの中に押し込んで、マフラーは口元まで引き上げる。これが寒さに対して俺が出来るちっぽけな抵抗だ。手嶋も同じように暗い色のネックウォーマーを口まで上げて、ついでに手袋と耳当ても付けている。暖かそうでいいなと恨めしげな目で手嶋を見たが、どうやら俺の視線を全く気にしていないようでもう一度「さみぃ」と呟いただけだった。
あとはいつものように、手嶋が部活の話や音楽の話をしているのに対して俺がふんふんと相槌を打ちつつ学校へ向かう。今日は走れなさそうだから筋力トレーニングをメインにしようだとか、手嶋が推しているバンドの新譜が出たとか、そういう話。聞きなれた話題に首をこくこくと縦に振っていると、手嶋は不意に全くそんな流れとは関係のない話をぶち込んできた。

「そういや、みょうじとは上手くいってるか?」
「えっ」

あまりに想像していなかった話題が飛んできたので、首を振るだけだった俺もついに声を出してしまった。しかも濁点が付いてしまいそうなほどの声。分かりやすく言うなら、いつの日か手嶋に「ツナマヨがいい」と念じていた時の心の声の濁りくらいだ。口をぱくぱくさせながら手嶋を見ると、案の定悪い笑みを浮かべている。こういう表情をしているときの手嶋は、結構タチが悪い。

「だって気になるだろ?俺がくっつけたようなもんだしさ。知る権利くらいは欲しいんだけどな」
「く、くっついたわけでは」

首をふるふると横に振って否定する。確かに手嶋のおかげでみょうじとクリスマスデート(と言うとなんだか恥ずかしくなってしまう)は出来たのだが、別に付き合っているわけではなく俺が勝手に誘っただけだ。

「みょうじは優しいから、俺の誘いを受けてくれただけだ」

そう言うと、手嶋は少し呆れたようにいやいやと息を吐く。困り笑いという表情に似ている気がした。

「青八木も聞いたろ?みょうじが青八木と仲良くなりたいとかデートしたいとか言ったのを」
「でもきっと、みょうじは俺が廊下にいたって気付いてたんだと思う。それで、やさしいからそう言ってくれたんだろう」
「…………お前もみょうじもほんと、つくづく頑固だなあ」

どうしたらそんなにすれ違うんだか、と手嶋は言ったが、やっぱり俺は自分がみょうじに好かれているとはなかなか思えない。邪険にされたりしているわけではないし、むしろとても好意的に振舞ってくれているのは分かる。でもそれはみょうじがやさしいだけで、それに俺には何の魅力もなくて。だからどうにも、手嶋の言うことが信じられない。

「ま、これから好かれてるって実感していけたらいいんじゃねえの?」

呆れつつも手嶋は朗らかにそう言ったので、好かれてはいないと思いつつもとりあえず首を縦に一回だけ振った。





教室に続く廊下を歩きながら、俺逹は諸々の防寒具を外す。薄っぺらいマフラーを畳んでいると、まるで野球のグローブを外すように手袋を退けている手嶋が「それさあ、」と呟いた。

「それさ、あんま暖かくないんじゃないか?結構薄いし」

すぐにマフラーの事だと気付き、手の中にあるそれを見る。確かにこれを買ったのは五年ほど前だった気がするし、年月のせいかヨレている気もする。元々分厚い作りではなかったから尚更劣化しているようだ。

「買い直した方が、良いか?」
「うーん、まぁそれは青八木の好みで良いと思うけど。でも見てて、寒くないのかなとは思うよな」
「そういうもんか」

そんな会話をしていたら、教室の目の前までいつの間にか辿り着いた。手嶋と登校するときはいつも通学路が一瞬に感じるので、時間感覚がなんとなく鈍ってしまう。
教室の戸を開けると、ぶわっと熱気が廊下に雪崩れ込む。暖房が付いているらしく、良かった良かったと思いつつ足を踏み入れる。そして何の気なしに自身の席の方を見やると、その周辺で小洒落た紙袋を持ってうろうろしているみょうじの姿があった。

「……あいつ、青八木の席で何してんだか」
「…………やっぱり、可愛い」
「そういうのは本人に言ってやれ」

手嶋は笑いながら、俺を取り残して自分の席に真っ直ぐ向かう。ずっと戸の前に立っていると迷惑になるので俺も自分の席に向かってはみたが、みょうじが近くにいると思うとなんだかどきどきして、当たり前の事をしているだけなのに恥ずかしくなる。ぎこちなく近づく俺に気付いたみょうじは驚いた顔をして、そして俺と同じように恥ずかしそうな顔をした後に持っていたもので顔を隠してしまった。
そんなお茶目なところも、かなり可愛いと思う。好き。
できるだけ緊張しているのがばれないように、普通な風を装ってみょうじに声をかける。恥ずかしいけれど、朝から好きな人と話せるというのは半端じゃないくらい嬉しいことだ。

「お、おはよう。みょうじ」
「あぇ、おはよう青八木くん……」

吃ってしまったけれど、みょうじも同じように変な声を出したからおあいこだろう。
何をしてるんだと聞くと、彼女はあわあわとした様子で紙袋と俺を交互に見た。しばらくそれを続けていたが、ついに観念したように紙袋を俺に勢いよく差し出す。ちょっとだけ、手が震えていた。

「あっ、あの……!余計なお世話かもだけど、受け取ってくれると嬉しい……!」

手以外にも、おまけのように声が震えていた。顔をだいぶ赤くしていて、さっきの台詞はかなり勇気を出して言ったことが分かった。
何だろうと紙袋を受け取り、中を覗き込む。そこにはネイビーの、何かふわふわとしたものが入っていた。そろりと袋から出してみると、それは暖かそうなマフラーで。

「えと、青八木くんの使ってるマフラー、寒くないかなって思って……あと、この前デートに誘ってくれたお礼、みたいな……」

いらないならいらないって言ってくれていいよ!!と何故かそこだけ必死に告げてくるみょうじはもうひたすらに「かわいい」としか思えなくて、自分でも珍しいと思うほど、俺は目を細めて笑ってしまった。
ありがとうと告げるととても綺麗な目をしながらみょうじも笑ってくれたから、今年は良い年になりそうだと思う。
明日からはこのマフラー、付けよう。




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