終業式を終えてきゃあきゃあとはしゃいでいる同級生を尻目に、私は大きなため息をついて机に覆い被さる。はあぁぁ、と品のない息を吐き出すとなんだか可愛らしい女子から遠のいてしまう気もするけれど、この際そんなことは気にしてられなかった。
今日はいつもよりメイクがばっちりなあの子は、デートの予定でもあるのかな。しきりに時計を見ているあの子も、実は彼氏がいるのかな。
考えても答えが出ないことにもやもやさせられて、余計に気が重くなる。もしかしたら好きなあの人も、何か予定があったりして。そんな思考がぽろっと脳内に出てくると、ちょっと泣きそうになる。こんなに沈んでいるのは教室の中で私くらいで、ひどく置いてけぼりを食らってるみたいだった。

「おーい、そこ俺の席なんだけど」

聞き覚えのある声の主張が、上から振ってくる。この声は手嶋だ、今私がぐうたらしているこの廊下側の机も手嶋のものなのだから間違いない。

「知ってる」
「まぁ知ってるだろうけどさ……自分の机で不貞腐れてろよ」
「不貞腐れてはないよ、ただ……」
「羨ましいってか」

黒板を背にして手嶋の机で項垂れている私の対面に、彼は陣取って足を組んだ。そして私の心をぴたり、と当ててくる。

「青八木が好きなら、クリスマスデートでも誘えば良いのに。今日この後部活無いんだぜ?」
「ちょっと、もっと声小さくしてよばか」

聞こえたらどうするのと焦ると、手嶋は呑気そうに笑う。きっと俺たちの話なんて誰も聞いてないよとかそういうことを言いたいのだと思う。でも、ちょっとした弾みで他の人や、…………青八木くんの耳に入る可能性だってあるのだ。そこんところ、気をつけてほしい。

「…………誘えないよ、私青八木くんと仲良くなれてないし、青八木くんだってこんな地味な女子とデートしたくないって」
「うーん……」

手嶋は私の言葉を聞いた後、少しの間目を伏せて曖昧な相槌を打った。手を顎に当てて、少し何かを迷っている様子。
しばらくそんな表情から変わらなかったが、不意に「なぁ」と声を投げかけてくる。

「みょうじ、お前ずっと俺に相談してきてたよな?青八木と仲良くなりたいとか、デートしたいとか」
「え、何突然……まぁ、そうだけど」
「だってさ、青八木」

質問に頷いてみせると、手嶋は急に視線を私から廊下の窓に投げかける。そのままの流れで窓を開けると、そこには件の青八木くんが。
突然のご本人登場に私はひどく驚いてしまって、「ぁ、え?」と声にならない声が漏れる。なんで青八木くんがそんなピンポイントなところにいるのか。というか、今までの話をまるっと聞かれてしまっていたのでは。そう思うと青八木くんにどきどきしている暇なんてなくて、身体中の細胞がてんやわんやに動き出す。血液が逆流してるんじゃないかというくらい指先が冷えてくし、冷や汗なんて久しぶりにかいた。
さすがにクリスマスに失恋なんてしたくなかったと手嶋を弱々しく睨むと、手嶋は何を勘違いしたのか窓を介して青八木くんの肩をぽんぽんと叩いた。ほら、練習したろ頑張れよ、とかなんとか言いながら。肩を叩かれた青八木くんは耳が真っ赤になっていて、私と同じくらい動揺しながら口を開けた。
待って待って、練習ってどういうことなんだ。まさか私を振る練習をしていたとか。そう考えると心が半端じゃないくらいざわざわする。あ、青八木くんが口を開く。告白もしていないのに振られるのは嫌だから聞きたくなんてないけれど、あの青八木くんの声を聞けるならばそれを拒否することもできない。もう仕方ない、どうぞ言ってください。

「あ、あの、みょうじ」

吃りまくりのその声は私の耳にするっと入ってきて、あぁ、綺麗だなと思う。そんな声で名前を呼ばれてしまえば、次に聞こえるのが失恋の合図だとしても恋をし続けざるを得ない。はい、と震える声で小さく返事をすると、青八木くんは一層顔を赤くさせた。

「お、俺と……………デート、しませんか」





足はかなりぎこちない動きで、一歩、また一歩と前に出る。きらきら光るショーウィンドウや飾り付けられたツリーが並ぶ街並みを、私は緊張した面持ちで歩いていた。そしてまるで夢みたいなことに、隣には好きで好きで仕方ない青八木くんがいる。本当にこれ、夢じゃなかろうか。さっきから六回ほど頬をつねっているし結構痛いので現実なんだろうけど、なんでこんなことになっているのかよく分からない。どうして青八木くんは、こんな私をデートに誘ってくれたんだろう。天使のように優しいからだろうか。それなら納得がいく。
青八木くんは私と同じように少しいつもよりぎこちなくて、赤らんだ顔を隠すようにマフラーでぐるぐる巻きにしていた。とてもかわいいしかっこいい。

「みょうじ、えっと……見たい店とかあったら、好きに言ってくれ」
「あ、うん、ありがと、青八木くん」

こちらをちらりと見ながらそう言ってきた青八木くんに、私は喉に声を詰まらせながらも答えた。
やばい、なんだかめちゃくちゃに心臓が動いている。声をかけてきたのが手嶋だとか他の男子ならときめきもしないけど、あの青八木くんが私に向かって声をかけてくれている。それだけで飛び上がりそうなくらい、嬉しい。王が気まぐれに声をかけた下賤な民衆くらい喜んでいる自信が、ある。
あまりの嬉しさに口元がつい緩んで、変な笑顔を浮かべてしまう。慌ててそれを引っ込めて、見られていないだろうかと青八木くんの方を見やると、ばっちり目が合ってしまった。

「…………見た?」
「顔のことなら、見てた」
「うわぁすごい恥ずかしい……」

確認のために怖々と聞くと、見てたと頷かれた。
あぁぁ、一生の不覚。初めてのデートで変なところを見られてしまうとは。これじゃあ青八木くんに愛想を尽かされるのではないだろうか。嫌な想像ばかりしてしまって、今度は笑顔ではない悶々としている変な顔になってしまう。
そんな私の顔をまた見ていた青八木くんは、ふふっと女の子のように綺麗に笑った。

「かわいい、」
「えっ」
「あっ」

青八木くんがぽろっと口から漏らした言葉が信じられなくて目を丸くしながら驚きの声を上げると、それに呼応するかのように青八木くんは「やってしまった」という顔をした。たぶん意図して言ったのではなく、ほんとに無意識にこぼしてしまった言葉だったのだろう。青八木くんの言葉は本当なのだろうか、と彼の顔をじっと見ていると、ほんのり赤色だった頬が真っ赤になっていくのが素人目にも分かった。
青八木くん、さっき言ったのってほんとのこと?
そんな不躾な質問はもちろん出来なくて、私も彼と同じようにマフラーで顔を隠すしかなかった。

これが私達の、はじまりだった。




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