今日はなんだか、やけに部内の空気が重々しかった。
いつもそれなりに厳しい練習をしているので和やかな空気ではないのだけれど、いつもに増して重々しい空気だった。
そんな雰囲気に押し潰されそうになったのか、山口先輩が休憩中に私に声をかけてきた。

「……あのさみょうじ、ちょっと今良い?」
「大丈夫ですよ」

私は粗方今日の分のマネージャー業が終わっていたので、軽く了承する。山口先輩は「よかった」と息を吐いて、少し周りをきょろきょろと見回した。恐らく、近くで誰かが話を聞いてしまわないか確認しているのだろう。誰もいないことを確認すると、少し声を潜めて、山口先輩は私に質問をしてきた。

「間違いだったら申し訳ないんやけど……辻さんと、喧嘩した?」

その質問に、私はうっと言葉に詰まった。
そんなに態度に出ていたのだろうか、そう聞くと彼は苦笑いをしてみせる。

「辻さんとみょうじが今日なんも喋ってないから、空気重過ぎるんよ」
「……いつも私、辻さんと喋ってますっけ。自分では意識してないんですけど」
「めっちゃって訳やないけど、何かしら喋ってるやろ?でも今日、二人とも無言なんやもん。それに何となく不機嫌やし」
「不機嫌でしたかね……申し訳、ないです」

一言そう謝る。マネージャーである私が不機嫌な部分を見せると、いろいろと部員に迷惑がかかってしまうだろう。
でも山口先輩は笑って「たぶん他の部員は気付いてないよ」とフォローしてくれた。

「なんで喧嘩したん?」

そう聞かれて、私は喧嘩の原因となったことをぼんやりと思い出す。


昨日の部活からの帰り道、私は辻さんと一緒にコンビニへ行った。いつも真っ直ぐ帰路へ着くのだが、たまにコンビニに寄り道をするのだ。最近は暑いし、飲み物を買ったりお菓子を買ったりするのでその頻度は高くなってきている。
けれど、昨日コンビニへ寄って購入したのは、とあるチョコレートのお菓子を買う為だった。

「パッケージを開けたとこに、運が良ければ金色のエンジェルとか銀色のエンジェルがあるんですよ」
「それ集めて景品と交換するってやつやったっけ?」
「そうなんです!その景品がめっちゃくちゃほしいんです!金色はひとつでいいんですけど、銀色は五つ集めないといけなくて」

四つは見つけたんですけど、と言うと、辻さんは「じゃああと一つやな」と笑った。
そんな話を部活前にしていて、ふとそのお菓子が食べたくなったため、それを買いにコンビニへ来たのだ。
小さな箱型のお菓子を一つ、手に取りレジに持っていく。
辻さんもそのお菓子に興味を示したようで、一つ、私と同じように購入した。
コンビニから出て歩きながら、お互いそのパッケージを開ける。

「……あーあ、何も無しやぁ」

がっかりしながら呟くと、隣の辻さんは「お、」と声を出して、開けたパッケージを私に見せてきた。

「あ、銀色だ!すごい、辻さんすごいです!」
「これ、頻繁に当たるもんなん?」
「んー、感覚的には30個に1つくらいですかね。一発で当てるなんて……!」

すごいすごい、と言いながら興奮する私を辻さんが宥めつつ、小さなお菓子を摘みながら帰った。

そして次の日の朝、つまり今日の朝なのだが、あの銀色のエンジェルはどうなったのだろうと思い、登校中に偶然会った辻さんに聞いてみた。
そして一言、こう言われたのだ。

「パッケージ?もう捨ててもうたで」

え?と声に出したような気がする。
捨てたんですか、と聞く。もう一度、同じ答えが返ってきた。

「な、なんで……」
「やって、一枚だけ銀色があってもしゃーないやろ?」
「私に、くれればよかったのに」
「え、だって昨日そんなこと言ってなかったやん」
「私景品めっちゃくちゃほしいって言いましたよね、普通察しますよね……!?」
「何怒ってん」

お菓子如きで、と言われたのが尚更、私の怒りを煽った。
30分の1の確率で勝ち取ったものを、そんなにあっさり捨てられるのか。いらないのならせめて、とてもほしがっている私にくれてもよかったんじゃないか。
そんな思いが、頭の中をぐるぐるぐるぐるしている。
そんな私に愛想を尽かしたのか、辻さんは「あー、はいはい。俺が悪かったわ」と投げやりに言って、私を置いてさっさと学校の方へと行ってしまった。
その辻さんの後ろ姿を見て、私はやっと「熱くなりすぎた、言いすぎた」と感じた。だが謝るタイミングも見出せず、こんな部活の時間までもやもやしている羽目になったのだ。


「……喧嘩の原因は秘密です。私が悪いし、くだらないことだから」

微妙な笑顔を作ると、山口先輩も同じように笑って「そっか」と言う。
そして、じゃあもうすぐ休憩終わるから、と私の元から離れる時、小声で一言、告げてきた。

「辻さんとみょうじお似合いだから、早く仲直りしろよ」



懲りずに、今日もコンビニへと足を運ぶ。
喧嘩中だからか、辻さんは一人で早々に帰ってしまった。だから久しぶりの、一人での寄り道だ。
辻さんが悪いんだ、と全く思わなくはないけれど、主に今回悪いのは私の方だ。勝手に期待して、勝手に怒ってしまった。愛想を尽かされても仕方ないよなあとは思う。
それでもコンビニへと向かうのは、やっぱり銀色のエンジェルの未練があるからだ。
今日買って当たる確率なんてとても低いだろうけど、とりあえず可能性は持っときたい。
そんなことを考えながらコンビニまで歩くと、ふと見知った人影がコンビニの前にいることに気付いた。

「……辻さん?」

名前を口にすると、それが聞こえたのかちょいちょい、と手招きをされた。
なんとなく気まずかったが、だからといって無視するわけにはいかない。ゆっくりと辻さんに近づくと、ずい、と小さなお菓子が差し出された。

「これは、」

喧嘩の原因となってしまった、いや、喧嘩の原因に私がしてしまったお菓子だ。
受け取って良いものなのかと思案していると、「やるわ」と辻さんが声を出す。
朝聞いたきりの声だったので、なんとなく懐かしい感じがした。
受け取って、既にキリトリセンが開けられているパッケージをすっと開く。

「……えっ」

そこには、金色のエンジェルと、その横に「ごめんな」と小さく書かれたメッセージがちょこんとあった。
驚いて目を丸くしながら、辻さんの方へ視線を投げかける。
するも辻さんは、少し恥ずかしそうに笑った。

「銀色なんとか出して謝ろう思ってたんやけど……別の色出てもうた」

そう言う辻さんが背中に回して隠した手には、たぶん五、六個ほどの小さなお菓子の入った袋があった。
エンジェルを当てるために、この店舗のものを全て買ったのだろう。そう思うと、急に自責の念に駆られてしまった。

「……もしかして、朝私が言ったこと気にして……」
「そりゃあんな剣幕で言われたら、気にしてまうわ」
「ごめんなさい……」

しょぼんとしながら謝ると、辻さんは頭を撫でて慰めてくれた。そしてほとんど悪くないのに、「俺もごめんな」と優しい声で言ってくれた。

「それに、ごめんって聞きたいわけじゃないんよ」

辻さんは言う。私はこくりと頷いて、「ありがとうございます」と返す。

「仲直り、やな」

辻さんは顔をほころばせたので、私もつられて笑ってしまった。

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