火照った顔と髪をバスタオルでゴシゴシと拭きながら部屋に戻ると、ちょうどスマホに何かしらの通知が来たところだった。
もしかして、と思いながら画面を見ると、そこには予想通り「荒北靖友」と表示がある。その字面を見て、予想していたはずなのに、胸がどきりとした。

『今、ヒマ?』

荒北くんからの短文の連絡は、もう定番と化している。どきどきと胸を高鳴らせながらも、指先は滑らかに画面の上を滑っていった。

『暇だよ』

もう、「ひ」だけ打ち込めば「暇だよ」という言葉が出てくるようになっている。それほどに、今まで何回もこんな返事をしてきたのだ。
送信ボタンを押せば、十秒も経たないうちにまた荒北くんからの返事が来た。「じゃあ、かけるわ」といった簡素なもの。ここまで、いつも通り。俗に言うテンプレートな展開。そしてここから、荒北くんから電話がかかってくるのもテンプレートの中の一つだ。

『もしもーし』

電話を取ると、聞き慣れた荒北くんの声が聞こえてきた。

「はいはーい。何か用事?」
『ン、別に。暇だったからかけただけェ』
「いつもそれだね」

あはは、と笑う。
私と荒北くんはいつも、夜になって暇な時間が出来ると電話をする。荒北くんからかかってくるときもあるし、私からかけるときもある。
最初の頃は用事があってかけていたけれど、最近しているのは中身のない話ばかりだ。

『何してた?』
「さっきまでお風呂行ってた。荒北くんは?」
『俺は課題やってた』
「終わった?」
『ついさっきな』

へー、と生返事すると、『みょうじはもう終わったのか?』と聞いてくる。一昨日くらいにと返すと、そういえば、と荒北くんが一昨日あたりにあったことを話し出す。
こんな風に、話題から話題へと目まぐるしく移っていくので、中身がなくても案外沈黙が訪れることはない。

『一昨日は雨だったからずっと室内でローラー回してたなァ』
「部活の話?」
『そーそー』
「私も下校時間まで部活してたよ」
『美術部だったか?』
「そうだよ」

今、展覧会に出すやつ描いてる。
そう答えると、荒北くんはさっき私がしたように『へー』と生返事をした。

『どんなん描いてンの』
「ただの静物画だよ。花瓶みたいなの描いてる」
『面白れーの?』
「うーん……普通」

じゃあ俺でも描けば?と言われたので、それは無理だよと笑う。
確かに静物画を描くのがとても面白いわけじゃないし、疾走感のあるものも描いてみたいなあとは思う。でもロードバイクで走る荒北くんを絵画で表現するのは、私の力では絶対に無理だと思う。
残像しか描けないだろうと告げると、荒北くんはなんだか面白そうに笑っていた。
そしてその笑い声で、心なしか心臓の動きが速くなる。私は、荒北くんの笑い声がとても好きなのだ。

それから、それなりに話が続く。
やっぱりどれも中身なんて無くて、それでも話は楽しいし、何より荒北くんと話せるのが楽しい。
そんな話が途切れるのは、いつも決まった時間だった。

『あー……そろそろ消灯時間だわ』

こんな荒北くんの声が聞こえると、そろそろ電話は終わりだ。残念な気持ちになりながらも、それが声でばれないように取り繕う。

「もうそんな時間かぁ。んじゃあ、また明日ね」
『オー、そんじゃあな』

いつものように別れの言葉を告げて、電話が切れるのを待つ。
自分から切る気にはなれなくて、でも荒北くんもなかなか切らないことが多いので、その電話の最後だけちょっと奇妙な沈黙が訪れる。
今日も少しの沈黙のあと、プツリと電話が切れた。なんだかんだ、痺れを切らしたのであろう荒北くんがいつも切ってくれているのだ。
電話の切れたスマホを見て、今日は何分喋ったのかを確認する。長ければ長いほど、嬉しくなる。

「…………荒北くん、好きだなあ」

通話中には絶対言えない台詞を言って、そして恥ずかしくなって、濡れた髪もそのままにベッドにダイブして枕に顔を叩きつけた。



今日は、四十五分間。
いつものように、ベッドで横になりながら電話の切れた後の画面を眺める。
今日は四十五分も、みょうじと話したのか。
そう思いながら、つい先ほどまでしていた会話を最初から思い出していく。課題のことを話して、部活のことを話して、みょうじの部活の話を聞いて。その後も、色々なことを話して。

「……声、可愛かったなァ」

そう呟くと、なんだか恥ずかしくなって、誰に見られているわけでもないのにごろんと寝返りを打ってうつ伏せになる。
あーあ、可愛かったなァ。好きだなァ。もう告白しちまおうかなァ。
そんなことをぐるぐると考えながら、普段つかないため息をつく。それは全て、枕に吸い込まれていった。

「とりあえず明日も、電話してみるか」

荒北靖友はそう言って、ゆっくりと目を閉じた。

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