「暑いね、御堂筋くん」
「こんなもんやろ、京都なんて」
「そうなんやろけど、暑くてかなわんわあ」

部活終わりに、部室から出てきた御堂筋くんに声をかけた。
誰でも共感してくれるであろう天気の話題を振ってみたけれど、御堂筋くんはふんと鼻を鳴らして私の前を通り過ぎる。そんな彼の反応をいちいち気にするのも体力がいるので、私は気にせず暑さにぶうぶう不満を言った。

「三十度超えたら大したもんやろ?それに夜も蒸し暑くて、もう嫌になるよ」
「エアコンでも付ければ済むやろ」
「喉ががっさがさになるんよエアコン付けっぱなしで寝たら」
「じゃあ加湿器でも置いたらええ」
「高いやん」

私の不毛な会話を不毛だと分かっていつつも、御堂筋くんは適当にだけれど話を聞いてくれる。そしてくれるアドバイスに、私は片っぱしから難癖を付けていく。
最後の方にはそれにいらっとしたのか、熱中症にでもなったらええやんと吐き捨てられたので、えええ、と言いつつ笑うしかなかった。

「熱中症はいやや」
「ボクかていやや」
「一緒やな」
「一緒にせんといて」
「ひどいなあ」

御堂筋くんは停めておいた自転車のハンドルを握って、ぽたぽたと顔から垂れる汗も気にせずに自転車を押す。それに私も続いて、タオルやら何やら入ってぱんぱんになっているリュックを汗だくになりながら背負って歩いていく。
熱中症はいやだなあと二人して呟くけれど、いくら水分を摂っていたってこの気温だとなってしまうだろう。
てくてくと帰路につきながら、私は御堂筋くんに提案をした。

「御堂筋くん御堂筋くん」
「キモいから二回も呼ばんといて」
「えー……御堂筋くん、暑過ぎて溶けそうなのでコンビニ寄りませんか」
「何も奢らんで」
「分かっとるよ」

つっけんどんな返事だけど、私の提案はどうやら受け入れられたらしい。三歩ほど先を行く御堂筋くんは、普段の通学路から少し外れて、コンビニへの近道を進んでいく。私もそれに続く。

自動ドアが開くと、冷気がぶわあっと私達を包み込む。
日の落ちかけた時間帯のコンビニはそこそこに空いていた。まばらにいる客は、週刊誌の立ち読みをしていたり、私達と同じように部活終わりに冷たい物を求めていたりしていた。

「温度差で風邪引きそうやわ」

御堂筋くんの言葉に、私はこくこくと頷いた。

「こんなに涼しいと尚更外出たくなくなるね」
「じゃあみょうじさん置いて帰るわ」
「それはやめてほしい」

中身のない会話をしながら、御堂筋くんは飲み物コーナー、私はアイスのコーナーへと足を運ぶ。
御堂筋くんは即決だったようで、飲み物コーナーのところからいつものスポーツドリンクを取り出した。
私はというと何を買おうか、とぼんやり思案しながらアイス達を見ていた。
シャーベットも良い、でもカップアイスも良い。チョコでコーティングされた棒アイスも好きだ。抹茶味のものも好き。
さて、どうしよう。
もやもやしながら考えていると、レジの方から御堂筋くんの声が聞こえてきた。

「みょうじさんまだ決めてへんの」
「ま、まだ」
「ほんまに先帰るで」

会計を済ませたらしい御堂筋くんは、ほんとに容赦なく、そう言いながら自動ドアの向こうへと消えていく。

「えっ、ほんまに先行くん!?」

その姿を見た私は驚いて、慌ててぱっと目に付いたアイスを手にとってレジへと向かう。先ほどのやり取りを見ていた店員さんが私を同情に満ちた目で見ている感じがしたので、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
会計を済ませてコンビニから出ると、ぶわあっと熱気が私に降りかかる。うわぁ、と声を漏らすと、駐輪場の方から声が聞こえた。

「独り言大きない?キモいで」

御堂筋くんはそう言いながら、先ほど買ったスポーツドリンクをゴクゴクと飲んでいた。

「……ほんまに帰ったかと思ったわ」
「そうしようと思ったけど、これ飲んでからにしようと思っててん」
「それまでには私、さすがに出てくるよ」

半笑いを浮かべながら、私も駐輪場の方へ向かい、御堂筋くんの隣に立った。

「何買うたん」
「適当に買ったから、知らんやつ」
「知らんやつ買うたん」
「御堂筋くんが急かすからやろ」

口を窄めて言いながら、私はアイスの包装に書かれた文字を読み上げた。

「夏限定!パイナップル味!って書いとる」
「美味しいんやろか」
「どうやろ……」

黄色い包装フィルムを外して、シャーベット状のアイスにかぶりついてみる。これがなかなか美味しくて、御堂筋くんに「美味しい!」と言うと、御堂筋くんは「さよか」とだけ言った。
そんな御堂筋くんは、私の外した黄色い包装フィルムをぼんやりと眺めていた。

「……たぶんさ」

それを見て、私はぽつりと言葉を落とす。

「黄色かったから、咄嗟にそれ選んだんかも」
「……」
「しあわせの色って、知ってたから」

言って、またアイスにかぶりつく。アイスも包装フィルムに負けず劣らずなかなかに綺麗な黄色で、忘れられないあの時の黄色を、少し思い出した。

「……せやな」

御堂筋くんも、ぽつりと言葉を落とした。
いつもの毒々しさも今だけは影を潜めていて、嫌な感じのしない、そんな顔をしていた。

「ねぇ」
「なんや」
「…………翔くん」
「……………………なんや」

ずっと前に、もう何年も前に聞いた、御堂筋くんの名前を呼んだ。
返事をしてくれないと思っていたけど、御堂筋くんは返事をした。
その後に続く言葉を私は考えていなくて、意味のない言葉を口にする。

「暑いね」
「こんなもんやろ」

ついさっきと同じ話題を振ったのに、御堂筋くんは指摘せずに、ついさっきと同じ返事をした。

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