選手がゴールした時の歓声は、忘れられない。

きっとゴール争いに食い込んでくるだろうと思っていた御堂筋くんが落車したと知らされて、呆然としていたときだった。
総北高校と箱根学園の選手がゴール争いをしていたのは見たけれど、あまりにぼんやりとし過ぎていたためどちらが一位だったかはよく覚えていない。
でも歓声は、忘れられない。京都伏見が一位ではないということを、ありありと思い知らされたからだった。

「……皆、」

盛り上がる観客達とは正反対に、私はいやに冷静だった。けれど同時に、焦ってもいた。
京都伏見は、二日目にスプリンター二人を切り捨てた。
そして三日目の今日、エースアシストの石垣先輩が全力のアシストをした後力尽きたと知らされた。
その後、エースの御堂筋くんもペダルを回せなくなり落車したと連絡がきた。
元々の人数は六人だったのに、今も走っているのはクライマーの水田先輩と辻先輩ただ二人だけだ。
ゴールに行き着くには、あまりにも少ない人数。それは、ロードバイクに乗っていない私でもよく理解していた。
そして、残る二人がこの三日目のどこかでリタイアしないという保証もない。もしかしたら私に連絡がきていないだけで、既にリタイアしている可能性もある。

(……どうか、誰か来て)

声には出さず、でも心の中で必死に唱える。
ゴールに誰も届かないのは、悲しい。それがスポーツではあり得ることだと言われればそれまでなのだが、ゴール前で待っていて京都伏見の紫色のサイクルジャージが見られないのは、とても辛いのだ。
次々と青や黄色のサイクルジャージがゴールを通過していくのを目の当たりにしながら、そう思う。
もう順位は望まない。ただ、誰かゴールをして順位を付けてほしい。甘い考えなのかもしれないが、ゴールしなければ、順位さえ付けてもらえないのだから。


「……ーー位のゴールは京都伏見高校の辻選手、続いて水田選手です」

誰か来て、と願い始めてどのくらいの時間が経っただろうか。
数十秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。
アナウンスから「京都伏見」と聞こえて、私は俯きかけていた顔を勢いよく上げた。ゴール先には、息を切らしている紫色のサイクルジャージが目に入った。

「あっ……」

息を飲んで、そしてそのまま二人の方へ駆け出す。
ペダルを回すことをやめてしばらくロードバイクが動くままに進んでいた二人は、ロードバイクが進まなくなったあたりでゆっくりとした動きで下り、道の端の方へ寄る。
そして駆け寄ってきた私を見て、苦しそうな表情をしつつも申し訳なさそうに笑ってみせた。

「お疲れ様です」

私はそう言って、タオルと冷たいドリンクを手渡す。
二人はそれを受け取り、辻先輩はタオルで汗を拭いて、水田先輩は喉がかなり乾いていたのかドリンクをごくごくと飲み干した。

「……あー、みょうじ」

辻先輩は顔を拭いた後に、私の名前を呼んだ。そしてまた申し訳なさそうな顔をする。

「御堂筋や石やんが落車したっていうんは、聞いとったか」
「……はい」
「そうか。……じゃあ特に説明せんでもええか」

辻先輩はそう言って、この三日で更に痩せたんじゃないかと思うほどの顔をもたげて空を仰いだ。

「力不足やったんかなあ」

ぽつんと、ちょっと高い声がした。辻先輩と同じように空を見ている、水田先輩の声だということはすぐに気がついた。
力不足だとは、私は思わなかった。
こういう大会とかレースとかは、才能と努力と、あと運が必要だとどこかで聞いたことがあった。実際私がレースに出たわけではないからはっきりと断言は出来ないけれど、今回は「運」が少し違う方向にいってしまっただけだと思う。
だってきっと、御堂筋くんも石垣先輩も、井原先輩も山口先輩も、水田先輩も辻先輩も、皆全力を出したのだろうから。

「力不足とかじゃ、ないですよ」

私は、言う。なんとなく、声が掠れた。
そんな私を、二人が見ていた。

「皆とても、とても頑張ったんだと思います。一位は取れなかったけど、でも……二人がゴールしてくれただけでも」

一位が欲しくなかったわけじゃない。
寧ろ、とても一位が欲しかった。皆きっと、そう思っていた。

でも今日、思ったことがある。
できるだけ上の順位がほしいのは当たり前だけれど、もっともっとほしいと思うことがあった。

「一瞬、もう京都伏見はゴールできないかもしれないって、ちらっと思ってしまって」

一瞬、無理かと思ってしまった。
でも、辻先輩と水田先輩が来てくれた。
ゴールまで、このジャージを届けてくれた。
ゴールまでジャージを運んでほしいというのは、一位がほしいのと同じくらい、それより強い欲求なのかもしれない。それを今日、実感した。

「二人ともゴールしてくれて、ありがとうございます」

それを言うと、辻先輩と水田先輩は少しだけ照れ臭そうに笑った。

「ありがとうは、他の四人にも言ってあげてな」

水田先輩が珍しく、先輩じみた事を言う。分かっていますよと少しつんつんした返事をしてみると、ちゃんと先輩の言うことはしっかり聞きいやー、とぷんすか怒っていた。それを見て、辻先輩もまた珍しく、声を出して笑った。

二日目精一杯引いてくれた井原先輩と山口先輩。
今日、エースを引いた石垣先輩。エースとして全力を出してくれた御堂筋くん。
そして、リタイアしていく人が増える中、ペダルを回してゴールにジャージを運んでくれた辻先輩と水田先輩。
皆揃うのはいつだろう、今日の夜に宿泊施設でやっと揃うだろうか。
その時に、皆にありがとうとお疲れ様をちゃんと言おう、と思う。
別に水田先輩に感化されたとか、そういうのではない。

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