こんな結果になるということは、わかっていたはずだった。
申し訳なさそうな顔をしている目の前の手嶋くんが、私へ「ごめん」と述べたのはつい先ほどのこと。本当に申し訳なさそうに、手嶋くんらしからぬ感じで視線を地面に落としながら言っていたので、告白したこちらがなんだかいたたまれなくなってしまった。

「大丈夫、分かってた……ことだから」

無理やりに笑顔を作って、手嶋くんにそれを見せる。
手嶋くんはそれを見るのも辛そうに、ゆるゆると視線を上げた。

「……ごめん。インハイも近いし、他のことに気を回せる余裕が無いんだ」

さっきも聞いた遠回しな拒否を、私はもう一度噛み締めた。
なんだって私はこんな大事な時期に告白なんてしてしまったんだ、ただただ手嶋くんの負担になってしまうだけじゃないか。そうは思うものの、もうしてしまったことは取り消せない。

「ううん、謝らないで。私こそごめんね、大事な時期なのに」

だから私に出来ることは、この告白が手嶋くんにとって負担にならないようにできるだけ明るく振る舞うということだけだった。
正直に言ってしまえば、それはひどく辛い作業だった。
振られたばかりで、私だって視線を地に落としたい。告白しなきゃ良かったなあなんて嘆きたい。手嶋くんより私の方が傷付いているんだよと元も子もないことを言いたい。
けれどそんな事をしてしまえば、手嶋くんの負担が増えに増えて、疲れてしまうだけだ。だから私の事情は一旦無視して、ひたすら笑顔を浮かべて何も考えていないような声を出した。

「ごめんな、折角言ってくれたのに」
「良いって。ほら、もうすぐ部活始まっちゃうよ。早く行かなきゃいけないんじゃない、主将」

主将、と言うと、手嶋くんはやっと力なくだが笑ってくれた。
そうだ、手嶋くんは主将なのだ。
主将だから、今私に気持ちを揺さぶられる訳にはいかないのだ。それは当たり前のことで、何ら不思議なことではないのだ。
そうやって自分に言い聞かせて、部室の方へと歩き出した手嶋くんを見送る。入学したての頃から見ていた背中はいつの間にやら大きくなったような気がして、主将っぽいなあ、とごり押しするかのように心の中で呟いた。

「手嶋くん、部活頑張って」

部活に全てを注ぐ彼を諦めるつもりで、そんな言葉を背中に投げかける。言葉がこつんと背中に当たったように、手嶋くんはこちらを振り返った。
見返り美人だなとどうでもいい事を考える。

「ありがとう、頑張るよ」

手嶋くんは軽く手を挙げて、私の言葉に答えてくれた。そして最後の最後に、おまけみたいにある言葉をぽいっと私の方に投げて寄越す。
それはちょっと残酷で、でも嬉しいもので、私はその言葉を聞いて咄嗟にどんな表情をしていいのか分からなくなるようなものだった。

「嬉しかったよ、みょうじが告白してくれて」





私の好意は手嶋くんに受け入れてはもらえなかった。
でも、手嶋くんは私の告白を嬉しかったと言ってくれた。それに、面と向かって拒否をされたのではなく、考える余裕がないからという理由で受け入れてもらえなかっただけだ。

だから。だから、駄目なのだ。
私は告白して振られて数日経った今でも、手嶋くんへの想いを何処かに捨て置いてしまうことが出来ずにいた。
告白が嬉しかったなら、私のことが少なくとも嫌いではないのだろう。それにもし、考える余裕がある時期だったなら。そんなイフの考えを浮かべては消して浮かべては消してを繰り返す。
どうにもこうにもすっきりしなくて、すっきりしないから失恋で泣くに泣けないし髪をばっさり切ってしまう勇気も出ない。

「あー……もう、どうしよ」

机に突っ伏して、そう呻く。今日出された数学の宿題を解く手は完全に止まっていて、机の上には読みかけの本だったりスマートフォンだったりがごろごろ転がっていた。ちらりと目に入った読みかけの本のタイトルが目に入り、少しうんざりする。何かしらの賞を受賞した恋愛小説で、表紙を見る度に今ではすっかり有名になった甘ったるいあらすじが思い出される。少なくとも、今の私にとっては天敵みたいなものだ。
本から目を逸らして、スマホを手に取る。ボタンを押して起動させると、直前まで開いていたメールアプリが表示された。

「……はぁ」

画面を見て、思わずため息が漏れる。
今まで手嶋くんとしていたメールの画面が開かれていたのだから、つい大きく息を吐いてしまうのは仕方のないことだと思った。
そういえばついさっきまで、告白するまでの手嶋くんとのメールのやり取りを読み返していたんだっけ。
それを思い出すと、自分が結構粘着質な人間なのだと思えて、自分自身に苦笑するしかなかった。
ふと、そこそこ続いているメールを見る。返信が来るのが嬉しくて、メールの題の「Re:」が増えていくのが嬉しかった。何個も何個も増えていく「Re:」で、手嶋くんとの意思疎通が取れている気がしていた。

それを見て、思う。
このメールと同じように、はっきりとした返事を手嶋くんから貰いたい、と。
自分でもなかなかに勝手な思いだとは思う。遠回しにでも、一度私の片想いは終わりを告げているのだから。
でもどうにも、どうしても手嶋くんを諦める踏ん切りがつかないのだ。この気持ちをどっかに置き去りにして、新しい恋を探す気なんて起きないのだ。振られるなら振られるで、もっとはっきり、明確に振られていたいのだ。
そうして衝動に身を任せて、アドレス帳から「手嶋純太」を探し出す。その項目の中にちょこんと書かれている電話番号を、短く息を吸ってから、タッチした。もう部活は終わってるだろうし、もっと言えば家に帰っているくらいの時間だ。部活の邪魔にはならない、はず。
何回かコールが聞こえる。手嶋くんが出るまでの間、勢い任せに電話をしたくせに私の心臓はどくどくといつもより速い速度で動いていた。告白する時と同じくらい、もしくはそれよりも速かったかもしれない。

『もしもし?』

ぷつんとコールが途切れて、凄く聞き慣れた声が聞こえる。て、手嶋くん、と私が吃ると、電話の向こうの彼は「焦りすぎ」と笑った。

「えっと、急に電話してごめん。……あ、あと部活お疲れ様」
『おう、ありがとう。インハイ目前だから頑張ってるよ』

お疲れ様と述べると、手嶋くんはそう言った。インハイ目前だから、と言ったのは、私に対する申し訳なさとかも含まれているように感じた。
それを聞かなかったふりをしようとしたけれど上手くできなくて、うん、とだけ返事をして曖昧な笑い声を出す。
でも、ここで引き下がるわけにはいかなかった。粘着質な私はするっと手嶋くんを諦めたりなど出来ないのだから、この電話をかけたことには諦めることに関して意味があるんだ。

「ねぇ、手嶋くん」

私は名前を呼んだ。手嶋くんはいつものように「ん、どうした?」と優しい声で返事をしてくれる。
でもね、それじゃだめなんだよ手嶋くん。
優しい、曖昧な返事じゃあ、私がだめになってしまうんだよ。
私は短く息を吸って、電話口の向こうでどんな顔をしているのか分からない手嶋くんに話しかける。

「あのね、私、手嶋くんをなかなか諦められないんだ」

手嶋くんが、息を飲む音が聞こえた。
でも、構わずに続けた。

「私、はっきり言われないと分かんないんだ。だから、はっきりとした返事がほしいの」

私の想いを、手嶋くんに伝える。でもこれは本当に私の勝手だ。
だから、私は今すぐに返事を貰おうなんて思っていない。私の勝手で返事を欲するのだから、その代わりにいくらでも待つつもりだ。

「だからさ、インハイ終わってからでも、部活引退してからでも良い。手嶋くんの中で余計な事を考える暇が出来たら、きちんと返事してほしい」
『みょうじ、余計な事なんかじゃ……』
「今はそう言ってくれるだけで嬉しいよ。でもね、余計な事だって分かってる。だから、余裕出来たら」

返事、欲しいな。
ぽつりと最後にそう漏らす。最初から今まで、手嶋くんがどんな顔をしているのかは本当に分からなかった。だって電話では声しか分からないし、私はエスパーでもなんでもないからだ。
でも最後の最後で、手嶋くんの声が少しだけ明るくなったのは、分かった。

『……あぁ。インハイ終わったら、返事するよ。絶対』

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