私は自分で言うのも何だけれど、部活のメンバーにとても愛されていると思う。
部活の紅一点だからといえば説明はつくかもしれないが、そういう愛され方とは何となく違う気がする。大切にされているだけではなくて、皆どこか私に好意を抱いているのでは……と勘ぐってしまうほどなのだ。

ショートホームルームが終わると、隣の席の水田が良い笑顔でこちらに声をかけてくる。

「なまえ、部活行こや」
「はーい、ちょっと荷物片付けるから待ってて」

筆記用具やノートをカバンの中に仕舞い込んで、カバンをひょいと肩にかける。「行こっか」と水田に言うと、彼は待っていましたとばかりに私の腕を掴んで小走りで教室を出た。
そしてきょろきょろと首を動かして、何かを確認している。

「水田、どしたのきょろきょろして」

私が聞くと、水田は真剣な目でこちらを見てこう答える。

「ヤマに見つからずにこの廊下を抜けんと、ヤマにちょっかい出されるやん!」
「ちょっかいって……山口より水田の方が悪戯とかちょっかいかけそうだけど」

私がそう言うと、「違うんやってー、ヤマもやるんやってそういうこと!」と水田がぷんすか怒る。その怒り方があまりに迫力がなくて可愛らしいので笑うと、何で笑うんや、とまた怒られる。

「ごめんごめん、なんか可愛くて」
「可愛いないわ、それより早よ行こ!ヤマに見つかる!」
「誰に見つかるって?」

水田よりも低い声が背後から聞こえて、同時に肩をぽんぽんと叩かれる。
反射的に振り返ると、肩に置かれた手から人差し指が伸びていて、ふに、と力なく頬に刺さった。誰だこんな時代遅れな悪戯をするのは、と顔を見ると、さっきまで水田が何度も名前を出していた山口だった。
噂をすれば何とやら、というやつだ。

「あ、山口」
「隣の教室なんやし、一緒に行こうて声かけてくれてもええやんか」

山口の名前を呼ぶと、彼はそんな不満を述べつつ私の頬に刺さったままの指をぐにぐにと動かす。
ずっと頬を弄ばれるのも癪なので勢いよく頬を膨らませると、その勢いで指は離れて、山口はそれが面白かったのか小さく笑った。

「不満については水田に言って。山口に見つかりたくなかったんは水田の方だし」
「じゃあノブ、置いてくなんて薄情やないか」

山口がちょっぴり悪い笑みを浮かべながら水田に聞くと、今度は水田がぷくっと頬を膨らませながら答えた。

「やって、ヤマがなまえ見つけたらすーぐちょっかい出すやん!たまにはなまえと二人きりでおりたいんやけど!」
「二人きりにさせたくないからちょっかいかけたくなるんやって」
「ヤマは意地悪や……!」
「そうかなぁ」

むむむ、と眉を顰めながら言う水田と、それを笑いながら躱す山口。
声音だけ聞けばただの軽い言い合いに聞こえるが、二人の間には火花がばちばちと散っているように見えなくもない。
「私のために争わないで!」という台詞が使える場面ではあるものの、実際そんな場面に立ち会ってしまえば苦笑いを浮かべることしか出来ないのであった。



「二年みょうじ、入りまーす」

水田山口には申し訳ないが、言い合いがいつ終わるのか分からなかったので一人で部室に向かった。
軽くノックしてから声をかけると、部室の中から二人分の返事が聞こえる。ドアを開けて部室に入ると、井原さんと辻さんがもう既に着替えを済ませていて、各々のバイクのメンテナンスをしていた。

「おー、なまえお疲れ」
「今日は二年二人と一緒やないんやな」

井原さんに挨拶されたあと、辻さんが私の後ろに誰もいない様子を見て首をかしげる。
言い合いをしていたので置いてきてしまいました、と告げると、二人は声を上げて笑った。

「はー、まじか……置いてきたんか二人とも」
「ちょっと長くなりそうだったんで、つい」
「あの二人、なまえの事めっちゃ気に入っとるんやから優しくしてあげてくれ」

あぁウケる、と目尻に涙を溜めて笑いつつも、井原さんは私にそう言った。

「そんなに気に入られてるんですか、私」
「そりゃもう、あの二人はかなり入れ込んでるやろ。俺もそうやけど」
「えっ」

何の気なしにした質問から、不意に井原さんは爆弾を投げ入れてきた。全く気付いていなかった訳じゃないけれど、突然の暴露に変な声が出る。
その声を聞いて、井原さんはまたぷぷぷと笑った。笑い過ぎです、と言っても、ツボに嵌ったのか何なのか、ほんまおもろいなぁと涙を拭っている。
私が井原さんの笑いにあたふたしていると、横でメンテナンスをしていた辻さんが「井原、ウケ過ぎやで」と窘めてから、私の腕をきゅっと引いた。私はよろけて、すぐ後ろにあったベンチにぽすんと座る形になった。それは、辻さんの丁度隣で。

「井原に遊ばれてんで、なまえ」

辻さんが私の方に向き直って言うと、井原さんは遊んでないわ、と反抗する。それをさらっと無視して、私の頭をぽんぽんと撫でた。

「男所帯の中におるんやから、ああいうのは受け流す癖付けぇよ」
「……そうですね、努力します」
「あ、俺のは色々受け流さんでええからな」
「辻ぃ、抜け駆けするつもりやろー」

辻さんが笑いかけながら言うと、井原さんが不服そうな顔で辻さんに文句をつける。辻さんは何の事やら、と薄く微笑んだので、私も曖昧な笑顔を浮かべておいた。




井原さんや辻さんを躱した後、ストップウォッチやら何やら練習に必要な備品を持って部室から出る。
そこに言い合いが無事に停戦したらしい水田と山口が丁度来て、手伝うと言ってくれたが丁重に断っておいた。女子扱いしてくれるのは有難いけど、自分の準備を優先してほしい。それに手伝ってもらうほどの備品の量でもない。つくづく皆私に甘いなあ、とどうも苦笑いをしてしまう。
部活が始まるまでに準備を済ませてしまおう、と気合を入れていると、急に背後に気配を感じた。

「何しとるん?」
「わっ……!」

すぐ耳元で聞こえた声に驚いて、小さな悲鳴を上げる。そして驚いた拍子に、持っていた備品たちがぽろぽろと腕の中から零れ落ちる。壊れやすい物を持っていなかったのが幸いである。

「ごめん、そんな驚くとは思わんかった!」

背後の声は焦った感じで、私が落とした備品を拾うために私の前へと現れる。見ると、その人物はキャプテンの石垣さんだった。
石垣さんは私の落としたものを全て拾い上げると、どうぞ、と手渡してくる。ありがとうございますと頭を下げると、「いや、俺の所為やし気にせんでええよ」と爽やかな笑顔を向けてきた。眩しい。

「そういえば石垣さん、何か用事ですか?急に声かけてくるなんて」

そんな笑顔の眩しい石垣さんに、私は問う。石垣さんは他の部員のように私に無邪気に接触してくることはほとんどないため(キャプテンだからなのかもしれない)、何か用事でもあるのでは、と思ったのだ。
すると石垣さんは少し顔を逸らして、さっきまでの眩しい笑顔ではなく、はにかんだ表情をしてみせた。

「最近なまえと話してないなあ、て思ってたから、姿が見えてつい声をかけてしもたんや」

それで驚かせて悪かった、と石垣さんは再度謝る。その台詞があまりにも可愛らしくて、この人は狙って言ってるんじゃないかと思ってしまうほど。けれどきっと、石垣さんは素でこんな事を言ってしまう。そういう人なのだ。
声を掛けてくれてありがとうございます、と笑いかけると、石垣さんはほんのちょっぴり顔を赤くした。
そんなことをしていると、遠くからひょろ長い影が見えてくる。その影はロードバイクに乗っているので、なかなかのスピードでこちらに向かってくる。
御堂筋や、と石垣さんが声に出してすぐにその影は私の後ろで止まり、私の服の後ろ襟を摘まんで持ち上げる。私は親猫に首根っこを咥えられる子猫のような体勢になった。

「なまえさァん、石垣クゥン、お喋りせんと準備しい」

既に全ての準備が整っている御堂筋くんは、深海魚のような目で私達を見る。
石垣さんは「悪いな、すぐ準備するわ」と御堂筋くんに言い、部室の方へと駆け足で向かった。

「ごめんね、用意してくるよ」

私も御堂筋くんに向かってそう言った。
御堂筋くんに逆らうのは得策じゃないし、何より逆らう理由がない。
御堂筋くんに背を向けて準備を始めようとすると、珍しく彼からそんなに厳しくない声が聞こえてくる。

「…………手間取っとるなら、手伝わんこともないけど」

普段の御堂筋くんらしからぬ声音は、私をまた苦笑いさせた。
やっぱり皆、私に甘いなあ、と実感してしまうのだ。




スポーツドリンクの差し入れを頻繁にしてくれるのは、自転車競技部OGの安さんである。何となくちゃらんぽらんに見えるけど、しっかり現部員のことを気にしてくれている、優しい人だ。
今日も差し入れに来てくれて、部員は「またこれですかー」と言いつつも嬉しそう。

「いつも、ありがとうございます」

私が言うと、安さんはいいよいいよ、と手を振ってみせた。

「可愛い可愛い後輩達のためやからな。お礼なんて気にすんな」
「優しいですね、安さんは」

そうかなあ、と安さんは頭を掻く。
そうですよ、と言うと少し嬉しそうに、あんがとな、と返してくれた。その笑顔はとても素敵で、こんな事を言ってはいけないかもしれないけれど、部員の皆といるときには生まれない感情がむくむくと湧き上がる。
帰りがけに「また来てくださいね!」と恥ずかしがりつつも言うと、いつもわしゃわしゃと髪を撫でてくれる。そして、今日もそうだった。
撫で付けられた髪を触りながら、頬が緩む。

そんな私を見て部員達がなんとも言えない寂しげな表情をしていることには、当分私は気付かないのだろう。

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