ランドリーのドアを黒田くんは足で乱雑に開ける。ちょっと乱暴すぎやしないかと思ったけど、両手が大量の洗濯物でいっぱいいっぱいになっているので仕方ないといえば仕方ない。きっと私が開けてあげれば良かったんだろうけど、一応部外者だし勝手なことはしない方が良いだろう。たぶん。

「おーい、これ今日の分の洗濯物。こっち置いとくぜ」

黒田くんはずかずかとランドリーへと入っていく。私も続いてきょろきょろとしながらランドリーへと足を踏み入れる。そこには既に他の洗濯物を洗濯機から籠へと移し替えているアシキバくんとさっき入ってきた黒田くん以外いなかったので、ほっと胸を撫で下ろした。さすがにその二人以外の部員がいたら、私はこんなに無遠慮に自転車競技部の管轄内に入っていけない。
アシキバくんは黒田くんに「はーい」と間延びした声で返事をして、それからドアの方に顔を向けた。その時に初めて私の存在に気付いたらしく、私を見てあれぇ?とでも言いたげな顔をしている。

「なんでここにみょうじさんがいるの?」
「だめかな?」
「ううん、会えて嬉しい」

私はタオルを届けに来ただけなのに「会えて嬉しい」とふわりとした笑顔をふいに浮かべられてしまったので、柄にもなく照れてしまう。そんなことをしていたら、洗濯物から解放されて両手がフリーになっている黒田くんにぺしんと軽く頭を叩かれた。

「なァにぽやぽやしてんだ、お前らは少女漫画の一ページかなんかか」
「……私黒田くんとそんなに仲良しじゃないのに叩かれた」
「俺たぶん仲良しだけど叩かれた」
「葦木場は良いとしてみょうじの言い方はちょっと傷付くからやめろ」

アシキバくんも同様に黒田くんに叩かれたらしく、ぷく、と頬を膨らませている。黒田くんはちょっと傷付いたような顔をしてみせたので、ごめんね、と形ばかりの謝罪をしておいた。
そして私は手に握りしめたままのタオルをアシキバくんの目の前に突き出して、「これが私がここに来た理由だよ」とちょっと得意げに言う。アシキバくんはタオルを見て、あ、と声を上げた。

「それ無くしたと思ってたやつ。どこにあったの?」
「ピアノの上にあった。弾きに来たとき忘れていったんじゃない?」
「多分そうだ、ありがとう」

ふわふわなタオルをアシキバくんへ返すと、アシキバくんは嬉しそうにもふもふと触ってから自分のスポーツバッグの中に入れた。その仕草は、2メートル超えの男子高校生なのにちょっと可愛らしい。

「んじゃ俺、やることやったし練習戻るわ。じゃーな」

洗濯物移動と私の案内をやってのけた黒田くんは、そんな事を言って手を軽く振る。じゃあねー、と私とアシキバくんが返すと、彼は若干早足で練習へと戻っていってしまった。

「戻るの早いね黒田くん」
「ユキちゃんはもしかしたら今年のインハイ出るかもしれないメンバーだからね。だからいっぱい練習してるんだよ」
「そうなんだ。……知らなかった」

去っていく黒田くんの後ろ姿をぼんやり見ながら、私は呟いた。
黒田くんがインハイメンバーになるかもしれないなら、アシキバくんはどうなんだろうか。体も大きいし、色々と他の部員に比べて有利な気もしなくない。
そういう意味をこめてアシキバくんの方を見ると、アシキバくんはたぶん私の視線の意味に気付いていて、尚且つ曖昧に微笑んだ。

「俺は洗濯係だから」

何を言っているんだろう、と少し思った。別に本当に洗濯だけをする係があるとも思えないし、アシキバくんだってスポーツバッグを持っているのだから練習には参加しているのではないんだろうか。
けれどきっと、私はそんな突っ込んだ話を聞くべきではないのだろう。第一に部外者だし、そうでなくともアシキバくんの傷を抉る行為になりそうだし、なぜか私も傷つくような気がした。なぜかは、わからないけど。
だから私は「そっかあ」と、何にも分かっていないくせに相槌を打ってみせた。
アシキバくんは洗濯物を取り出し終え、よいしょと漏らしつつ籠を移動する。そしてまた新たに持ってこられた洗濯物を洗濯機に放り込んで、スイッチを入れて洗剤を流し込む。かなり手慣れているらしく、その動きには一切無駄がない。最近よくコマーシャルで話題になっている柔軟剤のパッケージが見えたので、だからアシキバくんのタオルはあんなにふわふわだったのかと納得した。
立ち去るタイミングを逃してしまった私は、その様子をぼんやりと眺める。洗濯籠を抱えたアシキバくんはそんな私を見て、何か思いついたように言った。

「そうだ、みょうじさんこの後何かある?」
「いや、なんもないよ」

首を振ると、アシキバくんは嬉しそうに笑う。

「じゃあさ、洗濯物一緒に干してくれない?今日の干すもの多いし、一人じゃ寂しいし」

ちょっと面倒だなと思わなくもなかったけど、笑顔でそんな事を言われては断れない。それに「一人じゃ寂しい」と言わしめたのに一人ぼっちにしてしまったら、私はとんでもない薄情者になってしまう。
いいよ、と返事をするとアシキバくんは「ありがとう!」とさっきよりも良い笑顔をこちらに向けてきた。それを見るとちょっとだけ、引き受けて良かったかもと思えるのだ。

「じゃあこっち、着いてきて」

アシキバくんは洗濯籠を持ち上げて、ランドリーから出てゆく。私はそれに着いて行きながら、彼の背中を見つめた。

アシキバくんの後ろ姿を見ていると、ふと何かを思い出しそうになる。けれど最後までそれは思い出せず、私はよくわからない気持ちのまま足を進めた。

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