清掃の時間に音楽室に訪れると、グランドピアノの上にはぽつんとタオルが置かれていた。ハンドタオルとかではなくて、ごく普通の横長なタオルである。清掃で音楽室を訪れた他の子達がそれを見て「誰のだろう」と首を傾げている中、私はもしかして、と思い声をかける。

「それさ、多分だけどアシキバくんのじゃないかな」
「葦木場?」
「……あ、それって隣のクラスの背が高い男子か」
「そういやピアノ弾くとか聞いたことあるかもしんない」

アシキバくんの名前を出すと、皆はなんとなく彼が誰か分かっているらしく、腑に落ちたような声を出した。私は偶然音楽室で彼と出会うまで知らなかったけど、アシキバくんはそれなりに有名な人なのだろうか。そういえば自転車競技部に所属しているとかなんとか言っていた気がするし、うちの自転車競技部は超強豪らしいので、それで知っている人が多いのかもしれない。

「ほい、なまえ。そんじゃ任せたよ」

不意に、タオルを手にしていた子が私にそれをぽふんと手渡してくる。そのタオルはなかなかに良い柔軟剤でも使っているのかふわふわしており、一瞬それに心を奪われかけたが、いやいや流されてはいけないと私は渡してきた子に声を上げた。別に私は今日はアシキバくんと会う予定もないし、マブダチと称されるほどアシキバくんと仲良しなわけでもないのだ。なのに、なぜ私に任せるのだろう。

「なんで私?」
「だってなまえ、黒田と席隣じゃん?黒田経由で葦木場くんに返せばいいんじゃないかと思って」
「あ、なるほど」

割と真っ当な返事をされて、そうかそうかと納得する。それならまぁ、任されるのも道理だろう。りょーかいした、と軽く返事をすると、それでよし、と笑われた。
それから皆はピアノの前から散らばってゆき、何事も無かったかのように音楽室の掃除を開始した。今日は先生から「楽器倉庫の方も頼む」と言われてしまったので、いつもみたいにささっと終えることはできないだろう。




案の定いつもより掃除に時間がかかってしまい、教室へと戻った時刻はいつもより15分くらい遅くなってしまっていた。ついこの前の席替えで隣になった黒田くんは既に部活へと向かってしまったようで、忽然と姿を消している。
私は右手に持っているえらくもふもふとしたタオルを見つめて、ちょっぴりため息をついた。
これは黒田くんの物ではないから黒田くんの机に置きっ放しにしておくわけにもいかないし、だからと言って持ち帰ってしまうわけにもいかない。アシキバくんのクラスに持っていってアシキバくんがいればいいけれど、いなければどうしようもない。
とりあえず下校する準備をして、タオルを手に持ってアシキバくんの在籍している隣のクラスの教室を覗いてみる。廊下の窓からきょろきょろと見回してみたが、あののっぽ姿は見当たらなかった。
不審者ばりにきょろきょろしている私の姿に気付いたのか、知り合いが声をかけてきたのでアシキバくんの所在を尋ねると「あー、葦木場?もう部活行っちゃってるよ」と予想していたとおりの答えが返ってきたので、私は肩を落としてしまった。



黒田くんの机に置くわけにも、私が持って帰るわけにもいかず、おまけに教室にいてくれたらそれで終わるはずだったアシキバくんもいなかったので、私は仕方なく一度も足を踏み入れたことのない自転車競技部の部室へと向かっていた。
自転車競技部は強豪なだけあって、部室に入る前から既にたくさんの部員を目にしている。というか、部室棟がかなり大きいためどこが部室なのか全く分からない。トレーニングルームっぽく見えるところもあるし、ローラーばかりが並んでいる部屋もある。
これではアシキバくんを見つけられないかもしれない……とついつい不安になってしまう。そもそもこんな男子ばかりのところに私がいるなんて、場違いにも程があるんじゃなかろうか。
そんなことを悶々と考えつつ歩いていると、前をよく見ていなかった所為でぼふん、と誰かにぶつかった。

「うわ、」
「あ、悪い」

私が反射的に声を上げると、ぶつかった誰かは大量の布越しに謝罪の言葉を述べてくる。その声が何となく聞き覚えがあったので「もしかして黒田くん?」と聞くと、声の主は顔も見えなくなるほど抱え込んでいた洗濯物からひょこっと顔を覗かせる。良かった、黒田くんの顔だった。
黒田くんはなんでお前がここに、と言いたげだったので、私は手に持っていたタオルを彼に見せる。すると合点がいったように、あぁ、と頷いた。

「葦木場の届けに来たってことか」
「やっぱアシキバくんのタオルだったんだねこれ」
「確信があった訳じゃないのか」
「そうなんじゃないかなとは思ってたけど、割と賭けだった」
「すげー冒険だな」

黒田くんは私の返答を聞いて苦笑いをする。
そして、私と話しているとまるでアシキバくんと話しているような気がする、と言った。どうやら何となくのんびりとした受け答えをするところや、どちらかというとボケ気質なところが似ているらしい。
それを聞いて、そんなものだろうかと私は首を捻った。
確かにのんびりとした会話になるのは似ている部分があるとは思うけれど、アシキバくんはこんなにもアクティブな部活に所属しているしなんだか激しいピアノ曲だって弾く。それに比べて私は部活もしていないし激しい音楽は聞かないし、日がな一日ごろごろと過ごすことが多い。だからそんなに似ているところばかりではない。

「そんなもんか?でもなんかそこも含めて似てるような気がすんだよな」

黒田くんはそう言ってみせた。
私はとりあえず「そうなのかなぁ」とまたもや間延びした声で答えるしかなかった。

「そういや黒田くん、そんな洗濯物いっぱい抱えてどこ向かうの?」

今更ではあるが黒田くんの持っている洗濯物と、彼が今私とともにゆるゆると向かっている先について聞いてみる。

「洗濯物をランドリーに持ってくんだよ、そこに葦木場もいるし」
「アシキバくん、いるの?」
「ん。まぁアイツ、洗濯係って言われてるくらいだしなぁ……」

黒田くんが言うには、どうやらアシキバくんは洗濯のプロフェッショナル的なものらしい。
選手として自転車をひたすらに漕いでいる姿より、洗濯をしている姿が容易に想像出来てしまったので、何故だか私はアシキバくんに対してちょっぴり申し訳ない気持ちになった。

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