毎週月曜日は合唱部の練習は無いと友人に聞いてから、月曜日の放課後には耳を澄ませるようになった。毎週ではないけれど、二週間に一回だったり三週間に一回だったり、アシキバくんがピアノを弾いているのが聞こえてくるのだ。それを何も考えずに聴くのが、私の月曜日の放課後の過ごし方だった。


ある月曜日の昼休み、私のクラスの黒田くんのところに例のアシキバくんがやってきた。恐らく部活の話でもしているのだろう、普通の談笑という雰囲気ではなく、メニューの確認をしているような感じだった。
私は二人が話しているところからはかなり離れた席で友人の話を聞き流しながらお弁当を突いていたので、正確な会話は聞き取れていないから本当のところは分からないけれど。

「ちょっとなまえー、聞いてる?」
「あんま聞いてない」
「ええー」

口を尖らせる友人を他所に、お弁当の中のブロッコリーをつまみながらアシキバくんを見ていた。クラスが違うから物珍しくて、ついつい視線がそっちに行く。結局あれ以来音楽室にまで足を運んではいないので、顔を見るのか三回目か四回目、といったところだ。
不意に、人の話もまともに聞かずに明後日の方向を見ていた私の頬を、ぷくっと頬を膨らませてみせた友人がつねった。何、と答えながら今度は玉子焼きを口に運ぶと、彼女ははあ、と大袈裟なくらいのため息をついてみせた。

「あんたねぇ、人の話も聞かずに何うつつ抜かしてんのよ」
「抜かしてないよ?」
「それにしてはずっと見てるじゃない」
「何を?」
「あっちにいる男子を」

彼女は失礼にも、持っていたお箸でアシキバくんの方を指す。でも黒田くんやアシキバくんは気付いていないようだったので、そして注意するのが面倒だったので私はそれに対しては言及しなかった。

「見てるだけだよ?」
「つまりうつつは抜かしてないと」
「そうだよ」
「気になるとかないの?」
「気になるよ、身長大きいし」
「そういうんじゃなくて」

彼女はまた、先ほどと同じくらいの大きさのため息をついてみせた。彼女が期待しているような「気になる」ではないと分かっているから、私はこれ以上話を続けなくてもいいや、と思う。顔を合わせたのがたったの数回なのに、そういう「気になる」になる訳がないのだ。
まぁなまえならそんなもんだろうね、と彼女は特に落胆もしていないような顔で自身の昼ご飯である惣菜パンにかぶりついていた。それもそれで失礼だなぁ、と思わなくもないけれど私に対する日頃の評価としては妥当な気がした。


「あ、みょうじさん!」

突然名前を呼ばれて、びくりと肩を震わせた。二個目の玉子焼きをお箸から取り落としそうになって、慌ててお箸を持つ手に力を入れる。なんとか玉子焼きはお箸に引っかかったままでいてくれて、ほぅ、と安堵の息を吐いた。
そして声のした方を向くと、案の定例のアシキバくんが私に向かって手を振っていた。隣にいる黒田くんはちょっと驚いたような顔をしていて、ついでに友人の顔をちらりと見ると何故か少しにやにやとしていた。
アシキバくんに遠慮がちに手を振ってみせると、今度は彼はこちらに向かって手招きをしてきた。来いという意味なのだろうか、少し首を傾げてみるとより高速でぶんぶんと手招きし始めたので、アシキバくんの手首がおかしいことにならないうちに彼の元へと向かう。

「ちょっと久しぶりだね、みょうじさん!」

アシキバくんはにこっと笑って、私にそう話しかける。

「そうだね、何週間ぶりだろう」
「わかんない」
「わかんないねぇ」
「オイ何だこの会話」

黒田くんにツッコまれるくらいには収拾のつく見込みがない会話だったので、正直第三者が入ってきてくれて有難い。
で、話ってなんなの?とアシキバくんに問いかける。あんなにがっつりと手招きをしてきたのだから、何かしら用事があるのだろう。
アシキバくんは片手をグーにして、そしてもう片方をパーにしてぽふんと手を叩く。思い出した、という感じの動作。

「今日音楽室行くから、暇ならどうぞってお話」

ふわり、と効果音が付いていそうな笑顔でアシキバくんは私に告げる。いつも聞いている音色、初めて聞いた時にはついつい釣られて音楽室まで足を運んでしまった音色をアシキバくんは持っている。それをまた近くで聞いてもいいという事が嬉しくて、私は首を縦に振る。

「わかった、行くよ」
「ありがと。聞きに来てくれるって分かってるなら、みょうじさんの好きな曲が良いよね?」

何が良い?とアシキバくんは私に聞いた。
実を言うと、これまで私が足を運んでいなかった理由には、私の知らない曲が演奏されているというのもあった。もちろん知らない曲でも楽しめるだろうけど、どうせなら知っている曲の方が良い。
ええと、と私は頭の中で知っている曲を探す。いくつか思いついたが音楽の教科書の最初の方のページに出てくるような曲の名前を上げるのは憚られて、口から出たのは記憶の片隅から引っ張ってきた曲になった。

「木星、とか」
「組曲惑星のだね」

それなりに有名な曲だし、アシキバくんはすぐに合点がいったように頷いてみせた。けれど私は、はたとあることに気づく。

「あ、でもあれオーケストラとかでやるやつだよね。ピアノ曲じゃないや」
「大丈夫、弾けるよー。放課後楽しみにしててね」

私の心配など他所に、アシキバくんは特に何も考えていなさそうな顔をして大丈夫だと言ってみせた。
そしてその流れでアシキバくんは私と黒田くんに、さっき私にやってみせたように手をひらひらと振って「じゃあ放課後にね!ユキちゃんは部活でね!」と自分の教室へと帰っていってしまった。
取り残された私と黒田くんは少しの間アシキバくんの颯爽とした帰還にぽかんとしていたが、後々普段の様子に戻った黒田くんに「みょうじとあいつって知り合いだったんだな」と妙なところで驚かれた。

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